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素直になれない

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片膝を抱えるようにして座っていた三郎が静かに息を吐き出して、足を崩した。一度投げ出した足を折って、気だるそうに胡坐をかく。戸口から部屋に差し込む太陽の光を背に浴びている所為で、三郎の表情は良く分からない。だが、見えたところでそれが三郎の気持ちを表しているとは言えない。表情を偽ることなど、この男にとってはそう難しいことではないのだ。
「…八左ヱ門、起きないね」
文机に肘をついて、そう話しかける。三郎は顔を上げて僕を見る。
 三郎の前に敷かれた布団の中には八左ヱ門が寝かされている。
 何の夢を見ているのだろうか。時折微かな唸り声を上げる。その度に三郎は首を傾げるようにして、八左ヱ門の寝息が穏やかになるまでその寝顔を見つめていた。
 八左ヱ門が頭が痛いと言い出したのは昨日の夜だった。生物委員会の一年生が風邪を引いたと言って、山で採ってきた葡萄を届けに行ったばかりだった。
 風邪を移されたんだろうと、その時は三郎も僕も笑っていた。夜になり、熱が出たのだろう。ぶるぶると震えながら寒いと言った八左ヱ門に、慌てて新野先生を呼んできた時には、八左ヱ門の顔は熱で真っ赤になっていた。
 保健室までは距離があるので、空き部屋を仮の病室として、布団と八左ヱ門を運び込んだ。秋とはいえ、まだ空気の生温い夜に、何枚もの布団を八左ヱ門の体に掛け、僕と三郎で交代で看病した。時折兵助と勘右衛門が覗きにきたが、風邪が移るからと言って三郎が追い返した。
 徹夜をするのは慣れている。けれど…具合の悪い人間の傍で神経を尖らせて過ごすのはひどくしんどい。
 昼間の疲れもあってうとうととしながら、時折気付いては八左ヱ門の額を覆う手拭を水で冷やすことを繰り返す。
 僕がついている時は部屋に戻って寝ても良いよと言ったのに、三郎はずっと八左ヱ門の傍を離れなかった。
 そういえば八左ヱ門がこんなふうに熱を出すのは一年生の時以来かも知れない。八左ヱ門は体が強くて、同室の僕と三郎が風邪を引いても、いつも一人だけ引かなかった。
 馬鹿は風邪を引かないって言うからな。
 三郎はいつもそう言って恨めしそうにしていたっけ…。
「…八左ヱ門が心配?」
そう訊いた僕に、三郎が「まあな」と素っ気無い声を上げた。
「滅多に病気にならないやつが寝込んでるんだ。心配くらいしてやらんと可哀想だろう」
素直じゃないなぁ、とは言わなかった。幼い頃からずっと一緒にいる。三郎が素直じゃないことなんか、僕だけじゃなく皆知っている。八左ヱ門も。
 それでも、こんな時くらい素直になれば良いのに。
 呆れて笑うと、「なんだ、雷蔵」と気分を害したような声がする。
「なんでもないよ。…そろそろ手拭、換えてあげたら」
「ああ…」
三郎が八左ヱ門の額から手拭を取って、盥の水に浸ける。ちゃぷりと柔らかな音がして、その音が聞こえたように八左ヱ門が小さく唸った。ぴくりと震えて上がった手を、思わずといったように三郎が掴む。八左ヱ門は二度、三度、確認するように三郎の手を握りなおすと、そのまままた静かになった。
「…起きたかと思ったよ」
近付いて行って八左ヱ門の顔を覗き込めば、ぐっすり寝ている。三郎の片手が塞がってしまったので、代わりに絞った手拭を八左ヱ門の額に乗せた。
「ねえ、三郎」
「うん?」
「八左ヱ門、熱下がってきてるみたいだし、僕達も少し寝よう。三郎、全然寝てないだろう。お前まで身体壊したら、また僕は看病だ」
そう言って、八左ヱ門の傍らにごろりと横になる。三郎は暫く黙っていたが、そのうちに僕と同じように横たわるのが見えた。
 昼の長屋は静かだ。話す声も、足音も聞こえてこない。
 兵助たちは委員会活動かな…。勘右衛門が夕方に茶菓子を持ってくると言っていたっけ…。
 ああ、静かで良い。
 空をいく鳥の声と、縁の下から聞こえてくる虫の声にうとうととしている内に、どうやら寝てしまっていたらしい。
 ゆらゆらと肩を揺すられる感覚に目を覚ますと、部屋の中は既に夕焼け色に染まっていた。視界にひょこっと八左ヱ門の顔が入ってくる。
「…八左ヱ門、起きたのか…具合は?」
「うん、もうすっかり良くなった」
そう言って笑う八左ヱ門に手を引っ張られ体を起こす。いつの間にかどこかへ行ってしまったらしく、三郎の姿が見えなかった。
 三郎はと僕が訊く前に、八左ヱ門がきちんと正座をして座ったので、思わず吊られて正座をして向き合った。
「迷惑かけてすまなかった。ありがとう」
そう言って深く頭を下げられ、八左ヱ門らしいなぁと笑ってしまう。
「友達なんだから、当たり前だよ」
「ずっと傍にいてくれただろ。手、繋いでてくれたのも雷蔵か?」
少し照れくさそうに、八左ヱ門が手の平を見る。三郎が握っていた手だ。
 僕は少し迷ってしまった。
 三郎は八左ヱ門が目を覚ます前に、気配を感じて手を離したんだろう。そしてどこかへ行ってしまった。
 いくら照れくさいからって、目が覚めるまで傍にいてやれば良いのに。素直じゃないというか、面倒くさいというか。
 ここで、手を繋いでいたのは僕だよと嘘を吐くのは簡単だったけれど、それじゃあ八左ヱ門が可哀想な気がして、首を横に振る。
「手を繋いでたのも、ずっと傍にいたのも、三郎だよ、八左ヱ門」
そう教えてあげると、八左ヱ門は少し驚いたような顔をした。開いていた手をそっと握って、膝に置く。
「そうか…」
そう呟いて俯いた八左ヱ門の顔は、熱の所為ではなく仄かに赤く染まったような気がした。
 三郎が戻ってきたら八左ヱ門はきっと、素直に礼を言うだろう。その時の三郎の顔を想像するとなんだかおかしくなってきて、笑った。
 全く、もうそろそろ素直になって欲しいなぁ…。
作品名:素直になれない 作家名:aocrot