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いっそ溶けてしまえたら

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委員会の用事を終え学園長の庵を出ると、頭上には雲ひとつ無い青空が広がっていた。ここ二日ほど前から気温が下がり、空気が澄んでいるからだろう。空が高い。夏の間の、あの迫り来るような積乱雲を見なくなったのはいつからだろうか。知らぬ間に秋になっていたのだなぁと、三郎は冷たくなった指先をじっと見つめた。
 どうも体が冷える。風呂にでも入ろうかと、長屋に向かい歩いていると、前から八左ヱ門が歩いてくるのが見えた。
 八左ヱ門の方が先に三郎に気付いていたようで「おう」と屈託無く笑い手を上げる。生物委員会の虎若と三治郎も一緒で、それぞれが手に薄を持っていた。
 秋の山を散策していたのだろうか。近付いてくる八左ヱ門の髪に半分だけ色付いた紅葉の葉がくっついている。まるで髪飾りのようなそれが八左ヱ門の少しくすんだ色をした髪に良く映えていた。
「鉢屋先輩、こんにちは」
声を揃えて挨拶した後、一年生はいつもそうしているように三郎の顔をじっと見つめてくる。雷蔵の顔を借りたその変装のどこかに綻びが無いかを探しているのだ。
 好奇心に輝く視線から目を逸らして八左ヱ門を見ると、八左ヱ門は三郎の反応を面白そうに見ていたが、少し首を傾げ「長屋へ戻るのか」と訊いてきた。
「ああ。どうも冷えるから風呂にでも入ろうかと思ってな」
「鉢屋先輩、お風呂ですか」
八左ヱ門の声に一年生が目を輝かせた。八左ヱ門はその顔を見て笑うと二人を見た。
「三郎は風呂でも面を外さないよ」
八左ヱ門の言葉に、虎若ががっかりしたような顔をする。三治郎が「じゃあいつ顔を洗うんですか?」と訊いてきたので、「内緒だよ」と答えてまたがっかりさせた。
「いくら訊いても駄目だ。三郎は俺にだって本当の顔を見せないんだからな」
「ええ、竹谷先輩も知らないんですか」
「そうだよ。さ、ここで解散しよう」
八左ヱ門は二人に長屋に戻る前に手を洗うよう言いつけると、その背中を押して走らせた。薄を刀のように振り回して遊びながら駆けていく一年生の姿が見えなくなるまで見送り、五年生の長屋へと足を向ける。一緒に歩き出した八左ヱ門の横顔を見れば、思い思いに跳ねた髪の毛先に蜘蛛の巣の欠片が絡んでいた。
「…お前も風呂に入った方が良いんじゃないか、八左ヱ門。汚れてるぞ」
言いながら取ってやった三郎の指先が首筋を掠めた途端、八左ヱ門が「うひゃ」と妙な声を上げて首を竦めた。そのままぶるっと体を震わせたので、三郎は「ああ」と言って自分の手を見た。
 そういえば体が冷えていたのだった。
 もともと八左ヱ門は体温が高い。それに野山を歩き回ってきた後ならば、三郎の手は余計に冷たく感じたはずだ。
「すまない…」
謝りかけて、三郎はふと八左ヱ門の顔を見つめた。
 ああ、そうか。
 風呂にはいるよりも手っ取り早い方法があった。
「八左ヱ門」
三郎の声に危険を察したように逃げ出そうとした八左ヱ門の腕を掴んで引きとめる。そのまま八左ヱ門の上衣の袖の中へ腕を突っ込んで、抱き締めた。冷えた手の平で薄い肩衣の上から背中を擦る。八左ヱ門が、ぎゃーとかうわーとかいう、情けない声を上げた。
「何するんだ、冷たいっ」
腕の中でもがく体をぎゅっと抱き締め、逃がさないようにする。
 土と緑と、八左ヱ門の汗の匂いのする首筋に三郎は鼻を埋めた。その鼻先も冷たかったのだろう。八左ヱ門の肌がぞわっと粟立つのが分かって、笑ってしまう。
「笑い事じゃない」
体を震わせながら、八左ヱ門が喚いた。
 温かな体を抱き締めていると、冷えて感覚の鈍っていた指先がじわりじわりと八左ヱ門の体温と同じ温度になっていく。どこが境目か分からないほどに指先に、同じ温度の血が通っていく。
 まるで指先が溶け出して、八左ヱ門の一部になってしまったようだ。
 そんなことを思い、馬鹿だなと自嘲する。八左ヱ門と抱き合っている時だって、そんなことを考えたことなどなかったのに。
 どんなにそれを願ったって、ひとつになることなどありえない。
 こんなことを思うなんてどうかしている。秋だからだろうか。きっと寒くなってきて、人肌が恋しくなっているだけだな…。
「…あったかいな、お前は」
三郎がそう呟くと、八左ヱ門が大きく溜息を吐いた。
「人で暖を取るやつがいるか、馬鹿」
怒ったように言って、三郎の肩を抱いた手が首筋に触れた。
 温かな手の平。いつも八左ヱ門の手は温かい。
 三郎の肌はひんやりしていて気持ちいいな、と触れてきた夏は少々鬱陶しかったそれが、今は愛しく感じるのだから自分も身勝手なものだ。
 ふと息を吐き空を仰いだ八左ヱ門が、赤ん坊をあやすように三郎の背をトントンと手の平で叩いて、「風呂、入るんだろ」と言った。
「ああ」
そう頷いたものの手を離し難くてそのままでいると、八左ヱ門が仕方ないというように三郎の背を撫でた。
「…ずっとこうしていると、本当にくっついてしまいそうだ」
少しだけ言うのを躊躇うように、ぼそりと呟いた声が聞こえて、三郎は思わず笑った。
 馬鹿にされたと思ったのだろう。八左ヱ門の耳朶が赤くなる。三郎はその柔らかな皮膚へそっと唇を寄せた。
「私もそう思った」

いっそ指先から溶け出して、ひとつになってしまえたら良かったのに、と。
作品名:いっそ溶けてしまえたら 作家名:aocrot