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手の平の中の思い出

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八左ヱ門が手を伸ばし、蜜柑の実をもぎる。ひとつ、ふたつ、みっつともいでそれを虎若の手にころころと落とすと、「これで終わりだ」と笑った。
「花があんなに咲いたのに、実は少なかったですね」
「七松先輩が菜園の蜂の巣を壊してしまっただろう。あれで蜂が逃げ出してしまったから…虫や鳥の助けがないと植物は上手く実を結べないんだよ」
言いながら八左ヱ門は温かな手の平で、虎若のまだ小さな手を押さえ、蜜柑を握らせた。
「長屋に持って帰って皆で食べな」
頭を撫でる手が、こんなに大きかっただろうかと虎若は八左ヱ門を見上げた。唇を綻ばせて笑っている八左ヱ門の向こうに、綺麗な青空が広がっていた。





手を伸ばし、橙色の実をもぎる。ぷつ、と小さな音を立て木から離れたそれを、虎若はそっと懐に入れた。
 自分がそうしてもらったように、最後のひとつは一年生にやろうと決めている。
「今年はたくさん実がなったなぁ…」
ありがとうな、と蜜柑の木を叩く。木の葉が風に揺れ、まるで返事をするようにさわさわとざわめいた。
 竹谷先輩も良くこうして話しかけていたっけ…。
 虎若、牛や馬と同じで花木も生きているんだ。褒めてやれば綺麗な花を咲かせ、美味しい実を付けるんだぞ。
 真面目な顔をして、いつもそう言っていたっけ。鉢屋先輩はそれを聞く度に呆れたような顔をしていたけれど…不破先輩は八左ヱ門らしいねと言っていつも笑っていた。
 思えば八左ヱ門の傍にはいつも皆が集まっていて、まるで春の陽だまりのように賑やかだった。
 さわさわと風が木の葉を揺らしていく。
 虎若は小さく息を吐いて鋤を持ち、根を傷つけないように木の周りにいくつか掘った穴の中へ牛糞を乾燥させて作った肥料を撒き入れた。
 ありがとう。来年もまた実を結んでくれますように。そう祈りながら肥料をやる。その肥料で木はまた大きく育ち、次の年はもっとたくさんの実を付ける。
 そうして肥料をやることをお礼肥というのだと教えてくれたのも八左ヱ門だった。
 俺達は虫や鳥や木や、たくさんの生き物に生かされているんだぞ、虎若。
 手や顔を土だらけにして、そう言って笑った八左ヱ門の顔を思い出す。
 あれからもう何年も経つのに、鮮明に思い出すことが出来る。
 ふと、虎若は自分の両手を広げて見つめた。
 土だらけになったそれは、八左ヱ門と同じように大きく温かいだろうか。あの日虎若に触れた、あの手と同じようになっているだろうか。
 手の平に、思い出の中にある八左ヱ門の手の平を思い描く。それを握り締めるようにそっと両手を折りたたんで、虎若は空を見上げた。
 あの日と同じ高く澄んだ青空が広がっていた。
作品名:手の平の中の思い出 作家名:aocrot