二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

苛立ちにも似た

INDEX|1ページ/1ページ|

 
先を行く金吾の足元でサクサクと枯れ草が鳴る。誰かが踏み慣らした道にかかる草を手で分けながら真っ直ぐに進んでいく金吾の足には黒い犬が二匹纏わりついている。狩りの為に北条家から借りてきたその犬達を、兵太夫は見分けることが出来ない。クロとクマと名付けられた二匹はどちらも優秀な猟犬で、鹿や狐の気配を見つけるとクンクンと鳴いて金吾に知らせる。金吾はその度に犬の頭を撫でてやり、よしよしと褒める。
 金吾の腰には雉が一匹、ぶらさがっている。山へ入ってすぐ、金吾が仕留めた雉だ。犬に驚かされて茂みから歩み出してきた雉を金吾は迷わずに打った。弓は逸れることなく雉の胸を突いた。兵太夫を感心させるには充分すぎる、見事な腕前だった。
「もう一匹くらい、雉が欲しいな」
ふさりとした黒髪を揺らして兵太夫を振り返り、金吾が言った。
「鹿か猪が良いだろう。雉では足りないからね」
手にしていた木の枝で下草を叩きながら、兵太夫は応えた。金吾が笑う。
「二人では持って帰れないだろう」
「じゃあ狸にしよう。狸鍋だ」
「狸は臭いから嫌いだ」
「あいつら何でも食べるよ」
犬が鼻を鳴らす。獲物を見つけたのだろう。金吾が口笛を吹くと一目散に走っていった。
「次は兵太夫が打てよ」
金吾がそう言って、道を譲る。兵太夫は弄んでいた木の枝を放り捨てると、肩に掛けていた弓を下ろし、背から矢を一本引き抜いた。
 犬がワンワンと吼える。飛び出してきたのは鹿だった。一匹、そしてその後ろからもう一匹…歩み出してきた小さな体を見る。親子だろう。金吾もそれに気付いたのだろう。弦をいっぱいに引いた兵太夫に、「子を連れている」と呟く。
「兵太夫、鹿はやめよう。持って帰れない」
「抱えて帰ればいいさ」
「でも、」
ぎり、と耳の傍で弦が鳴る。痛いほどに指を引くそれを、兵太夫は放った。矢は勢いよく鹿の足元へと突き刺さり、じっとこちらを見ていた鹿の親子は飛び跳ねるようにして逃げていった。
 金吾が小さく溜息を吐く。
「金吾がうるさいから手元が狂った」
そう言って兵太夫は笑った。
 兵太夫がわざと地面を打ったことなど、金吾にも分かっただろう。級友の誰よりも弓術を得意とする兵太夫が、狙った獲物を取り逃がすことなど滅多に無いからだ。
「うるさくなどしてないじゃないか」
金吾が笑いながら言い返してくる。そうして口笛を吹き、犬を呼び戻した。獲物を逃がしてしまったからか、犬達は少し不満げな様子だったので、金吾が乾燥させた猪肉を取り出して千切り、食わせてやった。
「命を奪うのが嫌ならば、狩りなどしなければ良い」
歩き出した金吾の隣に立ち、兵太夫は言った。金吾はそれには応えず、小さく俯いて枯れ草を蹴った。拗ねているような横顔を見つめる。
 小さな頃からずっと知っているが、柔らかく丸みを帯びていた頬は年と共に削げ、精悍な顔付きになっている。顔立ちが整っているので黙っていれば大人びて見えるが、仲間の前では不意にこうして、拗ねたり怒ったりと、幼い表情を見せる。
 その度に兵太夫は微かな苛立ちに似た何かを感じていた。
 この感情が何なのか…もう何度も考えているが、答えが出ない。
 金吾の弱さや甘えが嫌なのかも知れない。警戒心無く寄りかかられることが不愉快なのかも知れない。
 裏切らない人間など、いやしないのに。
 金吾の真っ直ぐに伸びた髪を見つめる。金吾が歩みを進める度、豊かな総髪が揺れる。ゆらりゆらりと、金吾のなだらかな頬に影を落としながら。
 犬が鼻を鳴らす。金吾が顔を上げ、口笛を吹いた。
 兵太夫の言葉への意趣返しのように、金吾が今度は兵太夫に声を掛けず、背から矢を抜いた。髪が鬱陶しかったように首を振って、矢を弓に仕掛ける。
 本当は命を狩る遊びなどしたくないくせに。それを振り払うかのように固く結ばれた唇。ちり、と胸を焦がすものがあって、兵太夫は金吾の肩をぐいと掴んだ。
「…へいだゆ、」
驚いたように歪んだ唇に、些か乱暴に口付けた。
 犬が吼える。びくっと震えた金吾の体を、兵太夫は突き放すようにして離した。
 茂みが震え、鹿が飛び出してくる。
 先程の、親子だった。
「馬鹿だな…もっと遠くに逃げれば良かったものを」
兵太夫は金吾の手から弓を奪うと、鹿を打った。母鹿の脳天を打ち、また矢を抜いて小鹿を打とうとすると、金吾が「まだ子供だ」とうめくように言った。
 兵太夫は弓を引いて、小鹿を打った。小鹿は黒々とした目で兵太夫と金吾を見つめながら後ろへよろけて、倒れ、何度か痙攣をして動かなくなった。
「…母親が死ねばどうせ生きていけはしない。生かしておくほうが残酷だ」
黙ったままでいる金吾にそう言い置いて、兵太夫は鹿の倒れている場所まで草を掻き分けていくと、死んでいるのを確認して矢を抜き、その足を紐で結んだ。
「金吾、大きい方を持てるか」
振り向き言えば、金吾が近寄ってきて鹿を担ぐ。どうにか持ち上がったが、すぐに地面へ置いて「重い」と文句を言うので、笑った。胸元から紙を出して文を書き、腰にくくりつけた籠から取り出した鳩の足に括り付けた。
「団蔵と虎若を呼ぼう」
手から離した鳩が青空へ舞い上がっていく。金吾が犬を呼び寄せ、団蔵と虎若を迎えに行くよう言った。競うように駆けていく犬の尾を見ながら、落ち葉の積もった場所へ金吾を誘って座った。
 カサカサと風に吹かれて落ち葉が揺れる。頭上から降ってくる楓の葉に、金吾が空を仰いだ。
「…兵太夫、さっきの、あれはさ」
躊躇いがちに金吾がそう切り出した。兵太夫は溜息を吐いて、背中から落ち葉の上へ寝転んだ。
「意味なんかないよ。ただ、したくなっただけだから」
ちりちりと胸を焦がす、苛立ち。金吾がほっとしたように「そうか」と呟いて、唇に触れる。その耳朶が薄紅に染まって見えたのは、錦色になった楓の葉が映りこんでいたからか…それとも…。
 風が吹いて、遠く、犬の吼える声が聞こえてくる。
「おーい、金吾ー、兵太夫ー」
どこかぎこちない空気を震わせて響く団蔵の声に、金吾がぐっと唇を拭って立ち上がった。ふさりと揺れた黒髪を、兵太夫は見つめていた。
 ああ、きっと自分は金吾の髪に触れたかったのだと、唐突にそんなことを思った。
 これは、恋なのかも知れない…。
作品名:苛立ちにも似た 作家名:aocrot