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蓮華

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天井がひどく遠く見える。ぼんやりと翳む木目を見るともなしに見上げていると、部屋の戸がいささか乱暴に開いた。そんな開け方をするのは大体は小平太で、それを裏付けるように「寝てるのか」と遠慮の無い声で訊かれて、伊作は少し笑った。
「熱があるんだ。近寄ると移るよ」
首を倒して部屋の入り口にいる小平太を見上げそう言った声は、ひどく掠れていてまるで自分のものではないようだった。小平太もそう思ったようで、丸い目を益々丸くして伊作をじっと見つめる。そうして暫くすると項垂れて、部屋を出ていってしまった。
 戸を閉めていって欲しかったな…。
 そうは思ったが呼び止める声が出ず、また自分で閉めにいくほどの気力も無くて、小平太のいなくなった廊下を見た。夏の日が庭に降り注ぎ、乾いた土を輝かせている。
 風が凪いでいる…。
 蝉の声が重なり合うように響き、それに耳を傾けているうちに眩暈がしてくる。
 じわと浮き出した汗が玉になって首筋を滑り落ちていくのを感じ、伊作は目を閉じた。
 そのままどれくらい、ぼんやりとしていただろうか。喉の渇きを覚えて瞼を押し上げると、庭に小平太が立っていた。
「小平太…」
名前を呼べば、窺うように伊作の顔を見る。
 どこに行っていたのか、着物が濡れて色を濃くしている。結い上げた髪の先も濡れ、そこからぽたぽたと水が滴っていた。
 小平太は上衣を脱いでいて、それを丸めて腕に抱えていた。
「…身体を拭かないと風邪を引くよ」
そう言って招くと小平太は素直に部屋に上がってきた。そうして伊作が何かを言うよりも前に、腕に抱えていた上衣を両手で翻すようにして広げた。
 その瞬間、濃緑の布からはらはらと舞って落ちてくる薄紅の花弁に、伊作は目を瞬かせた。
 部屋に広がる、清々しく澄んだ香り。水気を含んでひんやりとした花弁が頬に、腕に触れる。
「蓮の花弁だ。良く眠れるようにと思って、摘んできた」
長次に教えてもらった、と小平太は言って、一枚の花弁を摘むと伊作の額に押し付けた。
 熱が下がりますようにと願う子供のような仕草だった。
「…ありがとう、小平太」
手を伸ばし、顔を覗き込んでいる小平太の頬に触れる。日に焼けた肌は熱を持っていて熱かった。
「やっと眠れそうだよ」
そう言って笑うと、小平太も唇を綻ばせて笑った。移るよと言ったのに、子犬のように唇をぺろりと舐めてきたのには閉口したが、小平太はすぐに立ち上がって部屋を飛び出していった。
「瓜を取ってきてやるから、大人しく寝てろよ」
庭で伊作を振り返り大きな声でそう言って走り出した後姿があっという間に見えなくなる。
 ああ、また戸を開け放したままで…。
 溜息を吐くと、なんだかおかしくなって、ふふと笑う。動き出した風が部屋の中に入り込み、小平太が撒き散らしていった蓮の花弁をふわふわと揺すった。その心地良い香りに眠りに誘われるようにして伊作は目を閉じた。
作品名:蓮華 作家名:aocrot