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爪紅

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小平太が腕を怪我して医務室にやってきたのは夕暮れのことだった。普段は滅多に医務室になど顔を出さない小平太が珍しくやってきたのは、体育委員会の後輩が一緒だったからだろう。
 どうやら委員会活動の一環で山を走っている時に折れた木の枝で抉ってしまったらしく、出血がひどかったので、後輩達が小平太の身体にしがみつくようにして医務室まで連れてきた様子だった。
 伊作先輩お願いしますね、と礼をして後輩達が戸をぴしゃりと閉めてしまうと、小平太が拗ねたように唇を尖らせた。
「こんな傷舐めとけば治るのに」
不満気に言うので「唾液にも黴菌がいるのだから」と宥める。
 消毒液を拭きかけ清潔な布で傷口を拭うと、ぽこりと穴が開いたようになっている傷口が現れた。
「結構深いよ小平太」
そう言った伊作に小平太は少しだけ首を傾げて「怒っているのか」と訊いてきた。
「怒ってはいないけど」
伊作は少し笑った。
「怒ってはいないけど、気をつけて欲しいとは思ってるよ」
そう言いながら、小平太の傷口に薬を塗り包帯を巻いていくその手を急に小平太に掴まれる。何事かと思い包帯から離した手を、小平太は持ち上げて自分の顔に近付けた。
「爪が赤いぞ」
「ああ…昼間鳳仙花を摘んでいたから」
摘んでいる最中にくの一の生徒が通りかかり少し分けて下さいというので、分けてやっていると乱太郎がどうしてくの一が鳳仙花を欲しがるのかと訊いてきた。鳳仙花は爪紅とも言ってこうして化粧にも使うんだよ、と伊作は爪に鳳仙花の花を塗りつけて見せた。その色がまだ爪先に残っている。
 小平太は伊作の爪先をじっと見つめて「ふうん綺麗だな」と呟いた。それから不意に口を開けて、伊作の指先を唇の間へと含んだ。柔らかな舌が爪先に触れる。
「小平太」
慌てて名前を呼んだ。
「薬の味がする」
小平太は伊作の指先を吐き出すと、不味そうな顔をして言った。
「美味しそうな色だったのに」
そう続けられた言葉に、伊作は仕方なく笑った。
 薬が余程不味かったのか、小平太が薄紅の舌を出して不満げな顔をする。その顔のまま甘えるように口付けを強請られ、伊作は薄紅の爪先で小平太の唇をそっとなぞると、ゆっくりと唇を押し付けた。
作品名:爪紅 作家名:aocrot