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先輩のこと

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長屋に吹き込んだ風が、黄色く色付いた銀杏の葉を足元に運んでくる。それを拾って、抱えていた書類の間に挟むと僕は足早に廊下を進んだ。五年生の長屋は一年生の長屋からは少し離れている。
 本当だったらもっと早く来るつもりが、途中で団蔵に呼び止められて少し遅くなってしまった。
 だんだんと落ちてきた太陽が色を変えていくのが気になって思わず小走りになると、どこからか「こら、廊下を走るんじゃない」と土井先生の声が聞こえてきた。慌てて立ち止まり、辺りを見回すが土井先生の姿はない。
 ああ、なんだ。
 溜息を吐いて、長屋の傍に立っている背の高い松の木を見上げた。
 思った通り、松の枝に鉢屋先輩が座っていた。いつものように不破先輩の顔を借りている。
 悪戯が成功して嬉しかったのだろう。おかしそうに笑っている顔を睨んだ。
 いつだってこの人は僕や彦四郎をからかって遊んでいる。最近は僕も彦四郎も鉢屋先輩の変装に慣れてきてしまっていて、反応が悪いのがつまらなかったに違いない。
 得意の変装ではなくて、声で驚かして喜んでいるなんて、まるで子供みたいだ。
「…鉢屋先輩、驚かさないでください」
「悪い悪い。庄左ヱ門が珍しく焦っていたからさ。どうしたんだ」
「学園長先生から鉢屋先輩と尾浜先輩へ書類を渡すよう頼まれたんです」
「そうか」
よっと声を掛けて鉢屋先輩が木の枝から飛び降りてくる。
 鉢屋先輩は僕が両手で抱えていた荷物を片手で軽々と受け取ると、「重かっただろう。ありがとうな」と言って僕の頭を撫でた。
「部屋に寄っておいで。お菓子があるから」
そう言って鉢屋先輩が歩き出した後を追いかける。部屋に入ると、生物委員会の竹谷先輩が壁に背中をひっつけるようにして寝転んでいた。すっかり寝てしまっているらしく、静かな寝息が聞こえてくる。
 起こしては悪いと遠慮して部屋の入り口で足を止めた僕を、鉢屋先輩が振り返り手招いた。
「遠慮するな。それは気にしなくて良いから」
鉢屋先輩はそう言ったけれど、鉢屋先輩こそ竹谷先輩を起こしたくなくて部屋の外にいたんじゃないのかとそう思った。じっと竹谷先輩の顔を見ていると、竹谷先輩の目が薄く開いた。
「あ…すみません、起こしてしまいましたか」
「…部屋にいるはずのない気配がしたからな」
竹谷先輩が眠そうに目を擦りながら起き上がって、笑った。
「それに、三郎の足音がいつもよりゆっくりだった」
「え…」
「きっと庄左ヱ門の歩調に合わせてゆっくり歩いたんだろう」
にや、と笑った竹谷先輩が文机で懐紙にお菓子を包んでいた鉢屋先輩の背中を見る。
 そんな気遣いをされていたなんて気付かなかった。
 そういえば、団蔵や金吾が良く先輩達の後ろを慌てて走っていく姿を見るけれど、僕や彦四郎は鉢屋先輩に置いていかれたことはない。いつだって、僕達が追いつける速度で歩いてくれていた。
 いつもふざけてばかりと思っていたのに…本当は僕達のことをいつも考えていてくれてるんだ。
「…ったく、ずっと寝た振りしてりゃ良いのに」
包みを手に鉢屋先輩が振り向いて、竹谷先輩をちらりと睨む。
「そろそろ起き出してお前を迎えに行こうと思ってたところだ」
竹谷先輩がそう言って立ち上がり部屋を出ていく。鉢屋先輩も立ち上がって、僕にお菓子の包みを渡すと部屋を出ていって、廊下から僕を手招いた。
「おいで、庄左ヱ門。図書室まで雷蔵を迎えに行くから、途中まで一緒に行こう」
そう促されて部屋を出ると、竹谷先輩が僕に向かって手を差し出した。
 きっといつも、虎若や三治郎にそうしているんだろう。小さな傷のたくさんある手の平をじっと見つめていると、後ろから頭を叩かれた。
「おい、庄左ヱ門はうちの子だぞ。馴れ馴れしくするな」
軽い口調で言った鉢屋先輩が僕の頭を引き寄せるようにして、そうしてから僕の手を握った。
 鉢屋先輩に手を握られることは滅多にない。あっても、僕や彦四郎はいつも「大丈夫です」と断ってしまっていたから。
 視界の端で、竹谷先輩が僕を見て唇の端を上げるのが見えた。
 全く、素直じゃないんだから。
 そう言っているような顔をして。
 竹谷先輩が一年生にそうしているように、鉢屋先輩も本当は僕達を甘やかしたいと思ってるんだろうか。
 僕はそう思って鉢屋先輩の横顔を見上げた。いつもの飄々とした表情があるだけで、今鉢屋先輩が繋がったこの手をどう思っているのか僕には分からなかった。
 それでも…。
「…鉢屋先輩」
「うん?」
「たまにはこういうのも良いですね」
そう言って、ぎゅうと手を握り返した僕に、鉢屋先輩は少し驚いたような顔をして、それから声を立てて笑った。
「そうだなぁ…たまにはこういうのもいいな…」
夕焼け空に向かって鉢屋先輩が嬉しそうに言うのを聞いて、僕は今度鉢屋先輩が変装をしてきたら驚いてあげようと思った。
 きっとまた、手を繋ごうとそう思った。
作品名:先輩のこと 作家名:aocrot