北風とマフラー
田中だ。相変わらずだるそうな歩き方だな。
菅原は笑って、風に持っていかれそうになったマフラーを掴んで首に巻きつけた。
この速度で歩いていればすぐに追いついてしまうだろう。
もう少し後ろから見ていたいような気もしたが、朝練の時間に遅れるわけにはいかない。
足を早め、田中の後ろへ近付いた。
「田中、おはよう」
声を掛けると、大袈裟にびくっと震える体。
「っスガさん!なんすか、後ろいたなら声掛けて下さいよ」
「だから今掛けただろ」
「それはまぁ…そうすけど…」
少し不満げに唇を尖らせて言い、それから「さぶ…」と首を竦ませた。目付きが悪いと言われる顔は、細く整えた眉が下がると途端に情けない顔になる。
寒いなら襟をちゃんと留めておけば良いのに、と思って、ふと気付いたことを口にした。
「…お前、マフラーどうしたの?」
「親が洗濯しちゃったんすよ。汚いとか言って。そしたらグーンって縮んでこんな感じに…」
広げた両手を縮めながら田中が言う。どこまで縮まるのかと見ていれば、最終的に「こんな」と言って右手の親指と人差し指で1センチほどの間を作って菅原の目の前に差し出して見せた。それはさすがに言いすぎだろうと思ったが、「それは、気の毒に」と同情する振りをした。
「あっ、スガさん、今俺のこと疑ったでしょ」
「疑ってないよ」
「嘘っす。疑惑の眼差しでした」
「…朝から面倒だね、お前」
「ひどっ。スガさん、俺のこと愛してないんだーそうなんだー」
ひどい泣き真似と、棒読みのセリフに、菅原は仕方なく笑った。
冷たい風が吹いて、田中が泣き真似を止め背を丸める。そうすると自分よりも低くなった田中の頭に、菅原は自分の首から解いたマフラーを掛けてやった。
「田中はその頭が寒いんだろ。ほら、マチコ巻き」
マフラーで頭巾のようにぐるりと頭を巻いてやり、顎の下で結ぶ。田中が顔を上げ、菅原を見た。
「マチコ巻きってきっと若い人わかんねぇっすよ、スガさん」
「俺も知らない、若いから」
「結構いい加減すよね」
そう言った田中の頭を軽く叩く。
「それ、田中にやるよ。俺は新しいの買ったからさ」
「えっ、マジですか!ラッキー!」
ずるりと頭から下ろしたマフラーを首に巻いて、田中が目を細めて笑った。そうして、菅原の顔を覗きこむようにしながら、
「だからスガさん、大好きっす」
そんなことを言った。
全く、無邪気なんだからな…。
菅原はマフラーの結び目を気にして弄っている田中の横顔に、密かに溜息を吐いた。
その言葉本気にするよと言ったら、君はどんな顔をするだろう。