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大暑

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ぽつ、ぽつ、と話し声が聞こえる。それはぼわん、ぼわん、と頭の中を撫で擦るように柔らかく脳内に響いていた。
「…に、…で、倒れて……だよ…」
「それなら……は…して…」
「…でも……んは……に…いても…」
途切れて意味の成さない言葉の群れが意識の中に入り込んでは消えていく。やがて話し声が途切れたまま、しんと静かになった。
 ああ…暑い。暑い。気持ちが悪い。吐きそうだ。
 口を開けて、大きく息を吸い込む。途端に、何かが弾けてしまったように、耳に夏虫の声が飛び込んできた。ジージーと羽根を震わせる音が、今までどうして聞こえなかったのかと思うほど大きく響いている。
「うる、さい…」
唸って、重い瞼を押し開ける。薄く開いた戸の隙間から差し込む太陽の光が眩く、思わずまた目を瞑ると、額に誰かの冷たい指先が触れた。
「…きり丸、目が覚めた?」
囁くように聞こえた声に、また目を開ける。視界からふわりと遠のいて行く紫色の袖に瞬きをする。太陽の光を遮るようにして庄左ヱ門が自分の顔を覗き込んでいた。
「庄左ヱ門…」
名前を呼べば、呆れたような笑みが返ってくる。
「図書室で倒れたんだよ。今日は暑かったからね」
庄左ヱ門はそう言いながらきり丸の額に濡れた手拭を押し付けた。視界が半分隠れてしまい、それを指先で押し上げて庄左ヱ門の方を窺う。
「たまたま虎若が近くを通りかかって、きり丸をここまで運んだんだ」
「虎若が…」
「図書室の傍の茂みで蛇を捕まえてたんだ」
「また逃げ出したのか」
「虎若は、散歩に行ったんだって言ってたけど」
庄左ヱ門が笑って言った言葉に溜息を吐いて目を閉じる。
「…今日、子守と洗濯、引き受けてるんだ」
「子守は乱太郎としんべヱが行った。洗濯は伊助がしてるよ」
「そっか…後で礼を言わないと…」
「そうだね」
ちゃぷ、と柔らかな音がする。薄く目を開け首を倒してみると庄左ヱ門が盥の中に手を浸けていた。中で手拭を洗っているのだろう。ちゃぷちゃぷと水の跳ねる音が小さく響いていた。
 少し俯いた庄左ヱ門の横顔は大人びて見える。昔から他の級友に比べて大人びていたが、最近は特にそう思わせるようになった。
 庄左ヱ門が水から出した手拭をぎゅっと絞り、盥の縁に掛ける。その後もう一度手を水の中に浸けて洗うと、両手を交互にそっと握るようにして水気を切った。
「…庄ちゃん」
呼びかけた声に、庄左ヱ門が顔を傾ける。なに、と言うように笑った形になる唇。言葉を続けずにいると庄左ヱ門は少し心配そうな顔をして、きり丸の方へ向き直った。きちんと揃えられた膝の上に置かれた拳。ずっと水の中にあった所為だろう。親指の先が赤く染まっているのを見て、きり丸はその手に触れた。ぎゅうと握るとひやりとした皮膚が心地良く、きり丸の乾いた指に吸い付いてくる。
 それが子供のような仕草だったからだろう。庄左ヱ門が小さく首を傾げて、もう一方の手できり丸の手を上から握った。
「きり丸、少し寝た方が良いよ」
囁くような優しい声に、心臓の奥底にある記憶を掘り起こされるような気がして不意に心細くなる。
「…起きたら誰もいないと寂しい」
呟くと、庄左ヱ門が困ったように笑った。どうしたの子供みたいだな、と呟いて。
「僕がいるから」
そう言って手をぎゅうと握った庄左ヱ門の手の平はもう、きり丸の皮膚と同じ温度になっていた。
「おやすみ、きり丸」
「おやすみ、庄ちゃん…」
作品名:大暑 作家名:aocrot