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君の溜息と、抱き締める腕と

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秋が近付き、朝夕は肌寒く感じるようになった。昨夜は特に雨が降り冷えた。だからだろうか。朝からどうも体が熱くて、だるい。
 学級委員長の集まりを終えて長屋に戻る途中、保健室に寄り乱太郎に解熱の薬をもらった。薬箪笥から薬を取り出しながら、乱太郎がふと思い出したように「そういえばきり丸も朝から具合が悪そうだった。風邪かなあ」などと言う。
「じゃあきり丸にも持っていくよ」
「きり丸は今日は当番で図書室にいると思うから」
「分かった」
自分の分はその場で水を貰って飲んでしまい、きり丸の分の薬は懐紙に包んで胸元に仕舞った。
 きり丸のことだ。どうせ雨の中、物売りの手伝いにでも出て風邪を引いたのだろう。
 だから、夜に出掛けるのはやめろと言っているのに。あれだけは何度注意しても直らない。
 ああ、寒気がする。熱が上がってきたのかも知れない。
 保健室を出て、長屋とは反対方向にある図書室に向かう。
 夕暮れが近付き薄暗くなった図書室にはきり丸しかいなかった。文机に頬杖を付き、帳簿を付けている。いつもならば気配に気付くのに、庄左ヱ門が背後に近付いてもきり丸は振り向かなかった。
「…きり丸」
真っ直ぐに背中に落ちる綺麗な髪を見つめながら声を掛ける。驚いたように振り向いたきり丸の顔は、薄暗闇の中でも上気して見えた。
 熱があるんだ。
 人の気配に気付かないほど注意力が散漫になっているのも、その所為だろう。
「びっくりした。庄左ヱ門…脅かすなよ」
声もいつもより、掠れているようだ。
「まだ終わらないのか」
「ああ、もうちょっとかかる。どうして。何か用事か」
「…手伝う」
きり丸の向かいに座り、帳簿を渡すように促す。貸出票と帳簿の付け合せをしていたのだろう。きり丸の肘の下にあった貸出票がぱらぱらと音を立て床に落ちた。
「いいよ、手伝ってもらうほどの仕事じゃない」
「二人の方が早く終わるだろ。それに、こういう仕事は僕の方が早い」
床に落ちた貸出票を拾おうと伸ばした手が、きり丸に掴まえられる。
「誰がどの本を借りたかっていうの、一応秘密だからさ。いくら庄左ヱ門でも帳簿は見せられないんだよ。図書委員の決まりなんだ」
そう言いながら触れた手の平が熱くて、熱があるんだろうと言おうと顔を上げると、きり丸が庄左ヱ門の顔をじっと見つめていた。怪訝そうな表情が、次第に呆れた表情になっていく。
「庄左ヱ門、お前熱あるだろ」
こつりとぶつかってくる額。思わず目を閉じると、今度は頬を抓られる。きり丸の長い指が二度、三度、庄左ヱ門の皮膚を摘んで離れていった。
「早く部屋戻って寝ろよ。後で乱太郎に薬もらって持ってってやるからさ」
そう言うと、きり丸は庄左ヱ門から体を離し、床から貸出票を拾い集めてまた帳簿に向かった。
「熱があるのはきり丸の方だ。顔が赤いし、声が掠れてる。具合が悪いんだろう」
「俺は大丈夫だよ、こんくらい」
「僕だって大丈夫だ。それにもう乱太郎から薬を貰って飲んだし。…きり丸の分も貰ってきてある」
胸元を探り、懐紙に包んであった薬を取り出して見せる。それをじっと見つめたきり丸が、小さな溜息を吐いて、文机に片肘を着いた。
「俺が薬飲んだら、戻って寝ろよ」
そう言って差し出してくる手から、さっと薬を避ける。
「きり丸が戻るなら」
「だから、俺はこれ終わらせるまで戻れないんだって」
「じゃあ僕もここにいる」
「待ってなくて良いから戻れよ」
「戻らない」
首を振り固く腕を組んで言い返した庄左ヱ門に、きり丸が唇を結んで黙る。不機嫌になっているようだ。形の良い眉が少し吊り上った。
 こんな時なのに、切れ長の涼しげな目で見つめられ、ああやはり綺麗な顔をしているなぁとそんなことを思った。
 先に視線を逸らしたのはきり丸の方だった。はぁ、と溜息を吐いて、帳簿に視線を落とす。
「頑固」
ぼそりと呟かれた声に、むっとして「頑固で結構。心配してるんだ」と言い返した。きり丸は「勝手にしろ」と言って、帳簿と貸出票の付け合せを始める。
 きり丸の細く神経質そうな指が貸出票を一枚ずつ拾い上げ、帳簿の上に置いていく。時折筆を持って、帳簿へ書き込まれる字は綺麗だった。
 きっと土井先生に教えてもらったんだろう。
 微かな左上がりの文字は教室で見る文字と良く似ている。
 きり丸は両親を戦で亡くしている。土井先生も同じようなものだと言っていたけれど…一緒にいる時、二人はどんな話をするんだろうか…。
 不意にそんなことを思った。
 部屋が薄暗いからか。目が翳んできた。二度、三度瞬きをして、きり丸の手元をじっと見つめる。生物委員会の生徒が借りたのだろうか。鳥の名前を帳簿に書いていたきり丸が、筆を止め顔を上げた。吊られるようにして顔を上げると、ひどく眩暈がした。
 ゆらりと歪む視界。後ろに傾いていきそうになる体をどうにか支えようと解いた腕を、きり丸に掴まれ支えられる。
「だから戻れって言ったんだ」
きり丸は呆れたように言って立ち上がると、どこからか布を持って戻ってきた。
「時々本を読みながら寝てしまう奴がいるから、置いてあるんだ」
ばさりと布を翻して広げ、自分の肩に掛けたきり丸が庄左ヱ門の体を抱き寄せ座った。きり丸の身体からは古い紙と、墨の匂いがしていた。素直にその肩に鼻を埋めるとふと笑う気配がする。きり丸が広げた布の中に包まれると、すぐに体が温かくなって、知らないうちに手足が冷えてしまっていたことを知る。
「少し休んだら、長屋に戻ろう」
そう言ってきり丸が壁に背を預ける。
「実は俺も結構、しんどい」
熱っぽい溜息を吐き出したきり丸に、庄左ヱ門は顔を上げた。
「だから、言ったんだ」
ぽつりと呟けば、きり丸がおかしそうに唇を歪めて笑う。笑ったままの唇が近付いてきて目尻に押し当てられた。
「庄左ヱ門の言うことはいつも正しいからな」
「そう思ってるならたまには素直に言うことを聞けよ」
きり丸の顔を睨んで言った声は拗ねたようになって、きり丸をまた笑わせる。
「熱があるからかな…なんか、いつもより庄左ヱ門が可愛く見えて困る」
子供にするように庄左ヱ門の頭を撫でた手が、ぎゅっと背を抱いた。引き寄せられるままきり丸の首筋に鼻を埋める。
「好きだ」
耳元に囁かれた言葉に、熱の所為だけではなく顔が熱くなった気がして、庄左ヱ門はきり丸の背を抱くと、顔を隠すようにしてきり丸の肩に頬を押し付けた。
「庄ちゃん…?」
返事を促す声に寝た振りをすると、きり丸が小さな溜息を吐いて庄左ヱ門の髪を撫でていった。