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猫と土方

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出先から戻ると、珍しく土方が昼寝をしていた。土方の傍らにはどこから入り込んだのか錆色の猫がいた。普段は隊服に毛が飛ぶからと動物に近寄りたがらない土方の隙をついたのだろうか。猫は土方の腹の辺りに丸まって寝ている。大したものだと見つめていると、猫は薄目を開けて近藤を見、手を二度、三度舐めて毛並みを整えた後大きく欠伸をした。気を抜いたのだろう。欠伸をした口から「にゃあ」と声が漏れ、土方がそれにひくりと肩を震わせた。猫が小さく溜息を吐いて立ち上がり、近藤の足元を擦り抜けるようにして部屋を出ていった。行く先を見ていると山崎の部屋に入って行ったので、内緒で餌でもやっているのかも知れない。土方が知れば怒って捨てに行けと言うだろう。見つからないように、後で注意しておかなければ。息を吐いて土方の部屋へ上がった近藤の足元で畳が軋み、土方が今度こそ小さな唸り声を上げて目を開けた。
「…すまん。起こしたか」
傍らに座り込み、首を傾げて土方の顔を覗き込む。うっすらと涙を刷いた目が近藤をぼんやりと見た。
 寝足りないのだろう。土方はいつも寝不足だ。悪いことをしたなぁと思って見つめていると、土方は目を閉じてしまった。そのままごろりと体を返して仰向けになる。
「…戻ったのか。早かったな」
「ああ。打ち合わせが早く終わったんだ」
「そうか…」
ぽつりと呟いて、土方が黙る。
「…眠たいのなら、後にしようか」
寝乱れた黒髪に触れ、そう提案する。
 土方がこんな無防備な姿を見せるなど、余程疲れているのだろう。そういえば昨日も夜遅くまで部屋の明かりが灯っていた。夜はいつもそんな感じで、ひどい時など一晩中書類や地図と向き合って、明け方に青白い顔をして回廊をうろついている時がある。
 休める時に休ませてやりたいとそう思ったが、土方は気だるそうに近藤の手を払って、体を起こした。神経質そうな細い指で髪を掻き回して、胸元を探り煙草を取り出す。箱から取り出した一本を薄い唇に咥え、ライターで火を点けようとしたところで、土方がふと動きを止めて胡坐をかいた足の膝の辺りをじっと見た。つられて視線をやれば、一房の猫の毛がふわりと落ちていた。
 ああ、しまった。
 慌ててそれを掴んで、握りこんだ手の平に隠す。土方がちらっと斜めに近藤を見た。
「ええと、…そう、帰り道に野良猫がいて、撫でたから、俺の身体についてたのかな…多分」
我ながら下手な嘘だと思った。土方は近藤のその言葉を聞いて、ふと唇の端を上げて笑った。
 ライターがカチリと鳴って、煙草に火が点いた。土方は静かにそれを吸い込むと、天井に向かいゆっくりと煙を吐き出した。煙の行方を見ていた近藤に、土方が「アンタは本当に嘘を吐くのが下手だな」と呟いた。
「嘘じゃねぇよ」
言い返せば、ふっと煙を吹きかけられて、咽る。
「屯所に来た客は全部把握している。あれはもう一週間の長居だ」
「知ってたのか」
驚いて訊いた近藤に、土方は形のいい眉を少しだけ上げて見せた。
「そろそろ出て行ってもらわないといけねぇな」
「…追い出すのは可哀想だ」
気ままな野良猫ならば居つかず、その内にいなくなるかも知れない。そう思って言うと、土方が「そうか」と頷いた。
「じゃあ、近藤さんの温情に免じて、あと一週間の滞在を許可することにしよう」
「うん、それがいいぞ、トシ」
腕を組み真面目に応える。土方はそんな近藤がおかしかったようにくすりと笑うと、煙草を灰皿に押し付けて消し、仕方ないなぁというような溜息を吐いた。
「まぁ、昼寝の番をさせるには丁度良い…」
作品名:猫と土方 作家名:aocrot