猫と土方
「…すまん。起こしたか」
傍らに座り込み、首を傾げて土方の顔を覗き込む。うっすらと涙を刷いた目が近藤をぼんやりと見た。
寝足りないのだろう。土方はいつも寝不足だ。悪いことをしたなぁと思って見つめていると、土方は目を閉じてしまった。そのままごろりと体を返して仰向けになる。
「…戻ったのか。早かったな」
「ああ。打ち合わせが早く終わったんだ」
「そうか…」
ぽつりと呟いて、土方が黙る。
「…眠たいのなら、後にしようか」
寝乱れた黒髪に触れ、そう提案する。
土方がこんな無防備な姿を見せるなど、余程疲れているのだろう。そういえば昨日も夜遅くまで部屋の明かりが灯っていた。夜はいつもそんな感じで、ひどい時など一晩中書類や地図と向き合って、明け方に青白い顔をして回廊をうろついている時がある。
休める時に休ませてやりたいとそう思ったが、土方は気だるそうに近藤の手を払って、体を起こした。神経質そうな細い指で髪を掻き回して、胸元を探り煙草を取り出す。箱から取り出した一本を薄い唇に咥え、ライターで火を点けようとしたところで、土方がふと動きを止めて胡坐をかいた足の膝の辺りをじっと見た。つられて視線をやれば、一房の猫の毛がふわりと落ちていた。
ああ、しまった。
慌ててそれを掴んで、握りこんだ手の平に隠す。土方がちらっと斜めに近藤を見た。
「ええと、…そう、帰り道に野良猫がいて、撫でたから、俺の身体についてたのかな…多分」
我ながら下手な嘘だと思った。土方は近藤のその言葉を聞いて、ふと唇の端を上げて笑った。
ライターがカチリと鳴って、煙草に火が点いた。土方は静かにそれを吸い込むと、天井に向かいゆっくりと煙を吐き出した。煙の行方を見ていた近藤に、土方が「アンタは本当に嘘を吐くのが下手だな」と呟いた。
「嘘じゃねぇよ」
言い返せば、ふっと煙を吹きかけられて、咽る。
「屯所に来た客は全部把握している。あれはもう一週間の長居だ」
「知ってたのか」
驚いて訊いた近藤に、土方は形のいい眉を少しだけ上げて見せた。
「そろそろ出て行ってもらわないといけねぇな」
「…追い出すのは可哀想だ」
気ままな野良猫ならば居つかず、その内にいなくなるかも知れない。そう思って言うと、土方が「そうか」と頷いた。
「じゃあ、近藤さんの温情に免じて、あと一週間の滞在を許可することにしよう」
「うん、それがいいぞ、トシ」
腕を組み真面目に応える。土方はそんな近藤がおかしかったようにくすりと笑うと、煙草を灰皿に押し付けて消し、仕方ないなぁというような溜息を吐いた。
「まぁ、昼寝の番をさせるには丁度良い…」