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扇風機

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ただ座ってじっとしているだけで額や首筋にじわりと汗が浮かんでくる。窓を開けているが吹いてくる風は無く、少しも涼しくならない。もうアンティークと呼んでいいような古ぼけた、首を振ることもしない扇風機だけが生暖かい風を送ってくるが、あまりにもギイギイ音を立てるので土方は不機嫌そうな顔でそれを止めてしまった。
 網の中の羽が緩々と回転して停まると、それまで気にならなかった蝉の声が急に大きく聞こえてきた。
「暑い」
畳の上に頬を付け、大島紬の着物に包まれた薄い肩を見つめ文句を言った。土方はそれが聞こえなかったようにしばらく黙っていたが、はらりと本の頁を捲ると「夏だからな」と呟いた。
 自分が欲しいのはそんな答えではないのに…と少しがっかりする。ちょっとした嫌がらせだと土方が消したばかりの扇風機を点け、背中を向けた。またギイギイと音が鳴り始める。
「…近藤さん、寝るんだったら自分の部屋行ってくれよ」
こちらに顔を向けようともしないで土方が言うので、
「寝ない」
と答えた声が拗ねたような様子になった。土方がそれを聞いてやっと振り返る。
「何怒ってんだ」
呆れたように言って、少し笑った。それには答えてやらなかった。
 衣擦れの音がし、土方が立ち上がる気配がした。宥めにでもくるかと思ったが、土方の足は躊躇うことなく自分の上を跨ぐと、庭に面した渡り廊下へと出て行ってしまう。白い脛が着物の裾からちらちらと覗いた。
「良い天気だぜ。散歩にでも行ってきたらどうだ」
晴れ渡った綺麗な青空を見上げ、土方が言う。太陽を背に振り返るが逆光で良く表情が分からず、土方の近くまでずりずりと這い出して行った。
「こんな暑いなか出かけたら溶けちまう」
「折角の休みなのにもったいねぇな」
「そう思うならトシが出かけたら良いじゃねぇか」
まるで子供の意地の張り合いのような掛け合いに、土方が思わずといったように吹き出した。くく、と笑いながら、目の前へしゃがみ込みゆっくりと覗き込んできた顔は、暑さとは掛け離れた場所にいるように涼しげだ。
「なんで今日はそんなに機嫌が悪いんだよ、アンタは」
神経質そうな平たい手が下りてきて、髪に触れた。「暑いからか」とからかうように問われ、首を振った。
「じゃあ、」
土方が首を傾げる。うっすらと笑みを浮かべそんな仕草をするので、目が逸らせなくなった。
「俺がアンタのことを構わなかったからか」
もうとっくのとうに分かっていたくせに、こちらを伺いながら言う口調が、また意地が悪い。一瞬ムッとして、だがそれが土方を喜ばせるだけだと思うと、唇から長い溜息が出た。
 腕を伸ばし、土方の肩を掴んで引き寄せる。突然のことに驚いたのか、土方の体勢が崩れた。その隙をついて自分の腕の中に抱き締める。少し悔しそうに、溜息をついたまま、土方は素直に腕に抱かれた。
「分かってんなら構えよ、トシ」
身体を返し、土方を板張りの床へと押し付けた。着物の袷から覗いた鎖骨に唇を押し付けると、土方の肌はひやりとしていた。それが気持ち良くて肌に頬をぺたりと付けた。土方の手が、まるで赤子にするようにぽんぽんと優しく背中を叩く。
「…仕方ねぇな、近藤さんは」
総悟よりよっぽど世話が掛かる、と笑われ、それに反論をする代わりに唇をキスで塞いでしまう。土方はやはり笑って、そっと瞼を落とした。部屋の中では今にも停まりそうな扇風機がギイギイと切なげな音を立て、回っていた。
作品名:扇風機 作家名:aocrot