彼岸花
「…おい、総悟。いい加減にしろ」
しばらく沖田の好きなようにさせていたが、いつまで経っても沖田がその遊びを止めないので、いい加減花が可哀想に思えてきて、土方は声を上げた。
沖田がふと動きを止め、土方の立つ土手の上を見上げる。
「なんだ、見てたんですかい」
「趣味の悪い遊びだな」
嫌味も込めてそう言った土方に、沖田がうっそりと笑って刀を鞘に収めた。
「あんまりにも簡単に切れるもんで、可笑しくって」
それに、と続けながら土手を上がってくると、沖田は土方のすぐ横に立った。草木の、青臭い匂いが風に乗って漂ってくる。
「まるで血飛沫みたいでしょ、あの花」
「………」
「ねぇ、土方さん」
「なんだ」
「あの世にも彼岸花は咲いてるんですかねぇ」
空を見上げ、沖田が呟く。「さあな」と土方が応えると、沖田は「ねぇ、土方さん」ともう一度言った。
「いつかあの世で見たら、俺に教えて下さいね」
そう言ってうっそりと笑んだ顔の中で、目だけがぎらぎらと夕日を反射して、赤く染まって見えた。
まるで、血のような色だった。
夕暮れよりも少し前、秋晴れの空には白い月が昇っていた。ほんの一時間の昼寝から起き出して部屋を出ると、土方の部屋から細く煙草の煙が漂っているのが見えた。
「トシ、戻ってたのか」
そう言って、土方の部屋を覗き込む。土方は庭に面した障子に寄りかかるように座って、その隙間から庭を見ていた。
「ああ、近藤さん。やっと起きたのか」
行儀悪く足で障子を蹴って開けた土方が「まぁ入れよ」と促してきた。誘われるまま、部屋に入り込み、土方と同じように庭に向かって座る。
土方は少し顔を逸らして白い煙を吐き出すと、指先で短くなっていた煙草を灰皿に押しつけて消した。いつからそうして煙草を吸っていたのか、灰皿には吸殻が溢れそうに盛られていた。
「…禁煙しろとは言わないが、少し量を減らしたらどうだ」
普段は滅多に言わない小言を言ってみる。土方はそれをおかしそうに笑うと、「なんだ、心配してくれてんのか。優しいな、アンタは」と茶化すように言った。
「総悟とは大違いだ。アイツは俺の中はもう真っ黒だって言うぜ。肺どころか、心臓も、真っ暗闇だってな」
「トシ…」
「確かにその通りだ。今更煙草ひとつやめたところで、どうにもならん」
まるで他人事のようにそう言って、土方は新しい煙草を取り出し火を点けた。ぼわりと炎が立ち、煙草の先端が赤く燃える。それを見つめていると、土方が不意に振り向いて、小さく笑った。
「そんな顔するな、近藤さん」
煙草を持った手が、コツンと近藤の肩を叩いた。
「それよりも、ほら」
形の良い顎を振り、土方が庭を見ろと促す。その白い頬から視線を逸らし、土方の視線を追うと、庭の隅に燃え立つように赤い花が咲いていた。
「彼岸花が咲いた」
「本当だ。気付かなかった」
毎日飽きるほどに見ているのに、いつの間にかその花は茎を伸ばし咲いていた。
「花は葉を想い、葉は花を想う」
土方がぽつりと呟く。
彼岸花は花が咲き終えてから、葉が出てくる。決して、花は葉を見ることはなく、葉は花を見ることはない。
土方が寂しげな顔をしたので、何かを言おうとして、だが何も言うべき言葉が見つからず、開いた唇をただゆっくりと閉じた。
暫くの沈黙の後、土方が煙草を押し潰しながら、「なぁ、近藤さん」と掠れた声を上げた。
「あの世にも彼岸花は咲いてると思うか?」
呟くようにそう言った土方の横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
今、目の前の男の胸中には、近藤のことなど一欠けらもなく、ただ昔愛した女の面影だけを浮かべているのだろうと思った。
何を言おうとしても、陳腐な言葉にしかならないような気がして、近藤はじっと彼岸花の鮮やかな赤を睨みつけた。そうして、ぐっと噛み締めた歯の根がじわりと痛くなってきた頃、溜息と共に唇を解くと、
「…おはぎが食いてぇな」
と言った。
「お彼岸だし」
我ながら間の抜けた話だと気落ちしながら続けた言葉に、土方が呆れたような、困ったようなそんな笑みを浮かべた。
「…アンタは慰めるのが下手だな、近藤さん」
そんな言葉と共に肩を突かれ、気付いた時には土方共々畳の上に転がっていた。驚いて土方の体を抱きとめると、土方の薄い唇が笑った形のまま、近藤の唇を掠めた。
「アンタのそういうところが好きだよ、近藤さん…」