陽だまり
可愛らしいが、少し煩い。
これでは折角寝ている土方が起きてしまう、と手を伸ばし柿の枝を掴んで少し揺らした。雀は余程驚いたのか、一目散に青い空へと飛び立っていった。その影が見えなくなるまで見送り、部屋の中へ視線を戻す。
畳の上に敷かれた布団の中で、土方は寝ている。
掛け布団からはみ出した白い背中と、剣士というにはいささか薄い肩。だが綺麗についた筋肉の陰影が、いやになめまかしく見えるのは、土方の顔が昨夜の余韻を残しているからだろうか。
疲れているな…。
出張に土方を帯同したのは久し振りのことだった。大抵は近藤が出ている間、土方は残り屯所を守る。今回は二条城での式典の為、土方も出席しなければいけなかった。
形式ばった場を、土方はあまり得意としない。
とはいえ近藤よりは余程品があり、場にそぐわないわけではない。ただ土方がそれに馴染むのを良しとしないように、どうも浮いてしまうのだ。
愛想笑いのひとつでもしてみたらどうだ、と言ってみたこともあるが、土方は鼻で笑って「それは俺じゃなくて、アンタの役目だろう」と取り合いもしなかった。
その言葉通り、土方は昨日の式典をにこりともせずに終え、そうして二人で戻ってきたこの宿で初めて「疲れた」と笑って見せた。
あんな面倒臭ぇことをにこにこしながらこなしてるアンタを尊敬するよ近藤さん、と笑われて、疲れているのは分かっていたが、土方の手を引いて布団の中へ引き摺り込んだ。
そういえば屯所以外の場所でやるのも久し振りだ。
そんなことを思って、近藤は小さく笑った。
布団の中で土方がゆっくりと寝返りを打った。仰向けになった腕が何かを探すように蠢いて、空を掴んで落ちる。自分の手が立てたトンという音に、土方の目が開いた。寝惚けているのか、ぼんやりとした顔をして、何も掴むことがなかった腕をじっと見つめている。無防備なその姿がまるで子供のようだ。
「…トシ」
我慢が出来ず、呼んだ。土方が視線を上げ、近藤を見上げた。黒々とした瞳が近藤を見て、その背中から差し込む日差しに眩しそうに目を瞬かせた。
「ああ…そんなところにいたのか。どこにいっちまったかと思った…」
低い声でそう呟いて、安堵したように溜息を吐く。
なんだ、俺を探してたのか…。
近藤はそう気付いて、嬉しくなる。照れ隠しのように腹に手を突っ込んで掻いていると、土方が笑った。
「アンタ、そうやってると…」
「うん?」
「役者みてぇだな。…放蕩息子の役だけど」
そう言って、土方は唇を歪める。自分の言ったことがおかしかったのか、白い腕に頬を押しつけるようにして、堪えきれないように声を上げ笑った。
「ひでぇな、トシ…」
あまりにも土方が笑うので、情けなくなってそう文句を言った。
しばらくして、土方がやっと笑うのを止め、近藤をじっと見つめた。神経質そうな細い指が目尻を拭う。染みひとつ無いなだらかな頬に涙がぽろりと零れて、土方はそれを少し照れるように笑った。
「馬鹿…格好が良いって言ったんだ」
それから、「好きだよ、近藤さん」とぽつりと呟いた声は、日溜りの中へ柔らかく響いた。