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花の庭

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外出を終え屯所に戻ると、土方が回廊に座りぼんやりとしていた。前日から夜勤で出ていて朝方戻ってきていたので、昼ごろまで寝ていたのだろう。寝乱れたままの髪を気にする風でもなく、時折首筋にやった手で生え際を掻き混ぜている。随分くつろいだ様子で片膝を立て、もう片方の足はぶらりと庭の方へ投げ出している。着物の裾が肌蹴け、日に焼けていない脛の白さがいやに目についた。
「…トシ」
声を掛けると、土方は少々面倒くさそうな仕草で近藤を振り返り「早かったな」と気の無い声で言った。
 特別機嫌が悪いわけではない。この男はいつもこんな感じで、気が向かなければにこりともしない。出会った頃はそれに戸惑ったこともあるが、こう長く一緒にいると、小さな表情の変化でも分かるようになってしまう。
「機嫌が良さそうだな」
そう訊けば、土方は「そうか」と呟いて、唇の端を上げて小さく笑った。
 見れば、土方の膝の上や足元に何枚もの花弁が散らばっていた。椿の紅、山桜の薄紅、牡丹の薄紫、一際大きな花弁は白木蓮のものだろう。
「どうしたんだ」
「近所のガキが持ってきたらしい。こないだ犬に追っかけられてたのを助けてやったんだが、その礼に来たんだと」
土方は言って立てた膝を抱えるようにして頬をつけると、指に摘んだ白木蓮の花弁の匂いを嗅ぐように唇を付けた。目を閉じた土方の前髪に山桜の花弁が絡んでいる。
 花を放って遊んだのだろうか。人が見ていないと、随分と子供っぽいことをするものだ。
 近藤はそう思って、土方の髪に触れ花弁を掬い取った。
「…近藤さん」
「うん?」
「綺麗だろう」
土方が爪先で弾いた花弁を近藤の頬に飛ばして、目を細めながらそんなことを言うので、笑った。
「うん。すごい綺麗だな、トシ」
散り花で彩られた花の庭も、土方の笑顔も、春の日に照らされて綺麗に見えた。
 土方は近藤の言葉を笑って「そうだろう」とまた目を閉じる。近藤は顔を傾けるとそっとその頬へ口付けた。土方の肌からは春の花の香りがしていた。
作品名:花の庭 作家名:aocrot