目を覚ますと、近藤がいなかった。布団に残った窪みを手で擦れば仄かに温もりが残っている。障子から差し込む光から既に朝を迎えていることを知り、土方は布団を出て羽織を羽織ると、障子を開けた。ガラス戸からひんやりとした冷気が流れてくる。水滴の浮かんだそれをカラリと引いて回廊に出る。首を巡らせると、庭に近藤の姿を見つけた。近藤さん、と声を掛ける。朝日の当たる場所で何やら俯いていた近藤は土方の声に振り返り、ああ、と言って嬉しそうに笑った。手招きをされ、下駄を突っ掛けて庭に下りた。何をやっているんだ、と訊くと、土を踏んでいたと言う。意味が分からず近藤の顔を見つめた。近藤は笑いながら、もう春だなトシと綺麗に晴れた青い空を見上げた。何を馬鹿なことを言ってるんだ、まだ1月の終わりだぞ、と呆れて言った土方に、春がきてるよ、と近藤はまた言った。ついこの間まで朝はまだ土が凍って地面が固かったんだ。それなのに今日は土が緩い。日差しも春めいて暖かいじゃねぇか。そんなことを言いながら、下駄で土を踏んだ。早起きして何をしてるのかと思えば、と土方は呆れた。溜息を吐いてそれから、吹いた風の冷たさに首筋を竦めた土方の手を、厚い手の平で握って、梅は咲いたか桜はまだかと浮つきながら春を待つのは日本人の性分だから仕方ねぇよ、と近藤は大きな口を開けて笑った。
梅は咲いたか、桜はまだか。凍てゆるんでいく大地に春の気配を感じる朝。