待ちぼうけ
「なんだなんだ」
寝乱れた着物もそのままに唾を飛ばして叫んだ近藤を、ぐるりと首を巡らせて振り返り、土方は「やっと起きたのかよ」と呆れた声を上げた。
「もう昼だぜ、近藤さん。いつまで寝てんだ」
「俺ぁ今日は休みだよ、トシ」
まるで若い隊士に対するように注意されて、近藤が情けない顔をする。それから急に寒さに気付いたかのようにぶるりと身を震わせて、「雪が降ったのか」と白く染まった庭を見回した。
沖田が丸めていた雪玉を放り出して、回廊に上がってきた。散々雪をいじくっていた所為で、指先が赤くなっている。
「朝っぱらから土方さんに雪掻きをやらされて、疲れちまいましたよ」
「何言ってんだ。お前は雪転がして遊んでただけだろうが」
隊士達が真面目に雪を掻いている傍らで、沖田が鼻歌交じりにごろごろと転がして作った大きな雪玉は屯所の門の脇で雪だるまになっている。
近藤はそれを聞くと、それは良い早速見に行こうと言って部屋から羽織を持ってきた。その横で沖田がにこにこと笑っているのを見て、土方は溜息をついた。
「…近藤さん、雪だるまを見て腰を抜かすなよ」
「何。そんなにデカい奴を作ったのか」
「腕の代わりにアンタの刀が刺さってる」
土方の言葉を聞くや否や、近藤が駆け出していく。しばらくして門の方から嘆き声が聞こえてきた。
沖田が嬉しそうに刀の横っ面で雪を打っていたから、もしかしたら折れているかも知れない。
今頃近藤は必死になって雪玉を掘り起こしていることだろう。
「あんまり近藤さんを困らせるなよ、総悟。胃痛で死ぬぞ」
「近藤さんがそんな玉ですかぃ」
「俺達と違って繊細だからな」
「俺も土方さんと違って繊細ですぜ」
「言ってろ」
けっと吐き捨てる。
沖田はからからと笑って、回廊にしゃがみこむと、赤くなった指先をふぅふぅと吐息で暖めている。
「ねぇ、土方さん」
「なんだ」
「春はまだですかねぇ」
庭の雪を見つめて、沖田が首を傾げた。
珍しく若者らしい表情を見せたので、おやと思って土方は沖田の隣へ胡坐をかいて座った。懐から取り出した煙草に火を点ける。
「こう寒くちゃやる気が出ねぇや」
「…お前がやる気出したことなんかあったか?」
煙を吐き出しながら言った嫌味は綺麗に無視された。
やがて回廊の先から近藤が大小刀を抱えて戻ってくる。どうやら刃は無事だったようで、いそいそと沖田の隣に座った。
小言でも言うのかと思い黙っていれば、近藤は特に沖田のことを叱ることもなく、雪だるまの腕には箒を差しておいたからな、等と言っている。
ったく、総悟には甘いんだ、この人は。
土方は少しだけ面白くない気分で、煙をふーっと空に向け吐き出した。からりと晴れた青天には雲ひとつ無い。庭に咲いた椿の花から雪解け水がぽたりぽたりと垂れているのが、太陽に反射して見えた。
沖田がごろりと、冬の日差しに温まった回廊に寝転ぶ。
「ねぇ、近藤さん。春はまだですかねぇ」
沖田が同じ質問をもう一度、近藤に繰り返した。近藤は沖田の子供のようなその質問を聞いて笑うと、沖田の頭を大きな手でぐしゃぐしゃと撫でた。
「そうして寝転んでれば、あっという間に春になるさ」
春はまだか春はまだかと待ちぼうけ