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手を伸ばすこともためらって

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約束の時間が近付いてきていた。長く暮らしてきたこの武蔵を発ち、江戸へ向かう。
 二日前に切ったばかりの短い髪が首筋に触れ、土方は無造作にそれを手の平で撫で付けた。
 首筋が寒く感じるのもそのうちに慣れるだろう。
 そろそろ行こうかと言って、近藤がのそりと立ち上がった。
 庭に向かい開け放たれた戸の向こうは眩い光に溢れている。
 近藤の長い腕の先で仕立て上がったばかりのまだ固い上着がばさりと翻り、日の光を一瞬だけ遮った。自らも膝を浮かせ近藤の後を追おうとしていた土方は、上着を羽織った近藤の肩越しに降り注ぐ太陽の眩さに目を眇めた。
 ああ、光に照らされた場所が、なんと近藤に似合うことか。陽だまりがまるで、近藤の為に作られた道しるべのようだ。
 真っ直ぐに太陽に向かうその堂々とした肩に、自分の肩を並べ共に歩むことが不意に後ろめたくなる。
 近藤に向かい伸ばし掛けた手を引き戻し、腰に挿した刀の柄に置く。
 その固くひやりとした感触を強く握りしめ、息を吐き出す。
 一度は奪われた刀を、近藤は土方の手へ戻してくれた。土方が諦めかけたものを、近藤はなんでもないような顔をして取り返してきた。失いかけた居場所を、大丈夫だと笑って守ってくれた。
 本当は俺なんかと一緒にいていい人間じゃねぇんだ、この人は。日の本に出ていくべき人間なんだ。
 そう思い、足を踏み出すのを躊躇う。
 薄暗がりにじっと留まっていた土方を、近藤が振り向いた。きらきらと輝く太陽を背負い、剣術ですっかり固くなった手の平を土方に向かいぐいと差し出す。
 どうしたんだトシ、と少し首をかしげて。
 土方が応えずにいると、近藤は心配そうに眉を下げた。そうすると急に、男らしい顔が情けなく見えて思わず笑ってしまう。近藤は土方の顔を見て怪訝そうな顔をすると、暗がりに戻ってきて土方の手をぐいと握った。土方が前に伸ばすことを躊躇っていたその手を力強く握って、さあ行こうかとそう言って笑って。
 近藤に手を引かれ連れ出された場所は目が眩むほどの光に溢れていた。
 自分には似合わない。そう決め付けていた陽だまりは想像していたよりずっと、土方に優しかった。