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十月の終わりに

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どこかで椋鳥が鳴いている。ギャーギャーと姦しいその声に、隣を歩いていた土方がふと顔を上げた。声のする方へ少しだけ首を傾げて、「ああ、随分大きな柿の木だ」と言う。土方の視線を追って見れば、大きく枝を広げた立派な柿の木があった。夕焼けのような色をした実がたわわになり枝をしならせている。どうやら椋鳥はその実をつついているようだった。
「…十二羽はいるか」
目算して言うと、土方はもうそれには興味を無くしてしまったように顔を逸らし「そうだな」と素っ気無く言った。
 たまには歩いて帰ろうかと誘ったのは近藤だった。土方は面倒くさいことをと言いたげな顔をしたが、待たせていた車を先に屯所へと帰した。
 二人の後ろを少し距離を置いて斎藤と原田が着いてくる。
「護衛なんか必要ねぇのに」
近藤は肩越しに二人を振り返って、言った。
「好きでやってんだ。ほっとけ」
土方がそう言って胸元に手を伸ばしかけて、やめる。
 煙草が吸いたいのだろう。だが城の周囲での喫煙は禁止されている。警備で北の丸にいる間は土方は休憩もまともに取らずにいたので、煙草を吸う暇など無かっただろう。
 朝からずっと我慢してたのか。文句のひとつも言わないから気付かなかった。
「すまねぇ。車で帰ってりゃ良かったな」
無造作にポケットに突っ込まれた土方の手を見て謝る。土方は「何謝ってんだ」と小さく笑った。
「どこかで一休みして帰るか」
「馬鹿言うな。大した距離じゃねぇだろう。それに屯所に戻ったらまた仕事だ。休んでる暇なんかねぇよ」
土方はそう言うと、風に吹かれて足元に転がってきた枯葉を弄ぶように足で蹴り上げた。乾いた音を立て枯葉が低く舞う。その遊びにもすぐに飽きてしまったのか、土方がふと顔を逸らして内堀の向こう側に目をやった。その横顔が眠そうに欠伸を噛み殺すのを見て、近藤は歩いて帰ろうと言ったことをひどく後悔した。
 皆が寝た後も土方が一人遅くまで仕事をしているのは知っている。隣の部屋から漏れる明かりが空が白むまで点いていることも珍しくない。
 昨日も随分遅くまで起きていたようだし、寝不足なのだろう。
「…今から車呼ぶか」
急に早く帰してやりたくなって、そう提案する。土方はそれを聞くと呆れたような顔をした。風に吹かれて散った髪を鬱陶しそうに指先で掻き混ぜて、首を傾けると形の良い顎を掻く。
「アンタらしくねぇな」
「何が」
「妙な気遣いしやがって。デカい図体に似合わねぇぞ」
おかしそうにそう言いながら、細めた目で近藤をちらりと見る。
「似合う似合わないの問題じゃねぇだろう。俺はお前を心配してだな」
「分かった分かった」
むっとして言い返せば、軽く笑い飛ばされる。
「心配なんかされると腹がむずむずして気持ち悪ぃ。アンタは俺のことなんか気にせずどんと構えてりゃ良いんだよ」
頭上から桜の葉が舞ってくる。斑に黄色く染まったそれが近藤の頬に触れ、襟に落ちていく。土方が手を伸ばしてきて、近藤の襟からその落ち葉を拾い上げた。土方の冷たい指先が顎に触れ首を竦める。
「アンタの我侭を聞くのも俺の仕事だからな」
指先でくるりと回した桜の葉を弾き飛ばして、土方は頭上を見上げる。吊られるように空を扇げば、紅葉した桜の葉が風に吹かれ揺れていた。
「それに、秋の桜もなかなか良いもんだ。アンタといると色んなことに気付かされるよ…」
土方がそう呟いて、声を立てずに笑った。
作品名:十月の終わりに 作家名:aocrot