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忙中閑あり

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ああ忙しい忙しい、と土方が廊下を早足に歩いていく。その後ろを山崎が追いかけていっては暫くして書類を抱えて反対方向へ走っていく。
 ぼんやりとそれを眺めながら麦茶を飲んでいると、外から沖田が戻ってきた。書類を抱え走り回る山崎と、麦茶片手に座っている近藤の顔を見比べ、片眉をくいと上げた。沖田が何かを言うよりも前に「手伝うなと言われた」と言えば、沖田は笑って「まだ何も言ってませんぜ」と言いながら、近藤の向かいに座って、盆の上に伏せてあった茶碗を引っくり返して汗をかいた薬缶から麦茶を注いだ。
 軒下に吊るした風鈴がちりんと揺れる。行灯作りにした朝顔の青い花も揺れる。
 また、ばたばたと音を立てて山崎が廊下を通り過ぎていく。
「明後日でしたっけ?全国局長会議」
「ああ。提出書類が多くてな」
頬杖をつくと肘が濡れた。下を見れば机の上に小さな水溜りが出来ていて、近藤はそれを手の平で撫でて拭った。
 アンタが手伝うと余計に時間がかかる。
 手伝おうか、と申し出た近藤に、土方は素っ気無い態度でそう言った。片手の指に挟んだ煙草を忙しなく灰皿に押し付けて消して、また新しい煙草に火を点けて、吐き出す煙さえも忙しなく天井に向かって昇っていく。
 手伝わなくて良いが、いくつか署名が必要なものがあるから屯所にいてくれ。ふらふら出掛けるなよ。
 そう言って近藤を屯所へ足止めするのを忘れず、部屋から追い出した。
 それからずっと、近藤はこうして麦茶を飲んでいる。
 開け放した戸から飛び込んできた蜻蛉が壁や天井に二度、三度当たって、庭に逃げ出していく。蚊遣豚から立ち上る線香の煙が細くなっているのを見て、沖田が豚の中を覗き込んだ。
「今日は祭ですよ。出掛けないんですかい?」
「トシが働いてるのに出掛けるわけにはいかんからな」
「土方さんは仕事が大好きだからなぁ。忙しい忙しいって、好きでやってるんだからほっときゃ良いんですよ」
沖田はつまらなそうに言って、蚊遣豚から顔を逸らした。
「そうだなぁ…」
頬杖をついた腕を変えて呟いた。沖田はそんな近藤を見て溜息を吐くと、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
 山崎が廊下を走っていく。風鈴が鳴る。緩やかな風が、頬を撫でていく。麦茶はとっくのとうに温くなっていて、だが氷を取りに行くのは面倒で、近藤は伸びをするように両手を突き上げると、そのまま背中から寝転んだ。くるりと反転した視界に逆さまの庭が映る。
 空が夕焼け色に染まり始めている。
 祭には一緒に行けそうもないな…。
 一緒に行こうと約束をしたわけではなかった。一週間ほど前の夜、酒を交わしながら「川原で小さな祭をやるそうだ」と言った近藤に、土方はちらりと視線を投げて寄越して「そうか」と言っただけだった。
 一緒に行こうって、言えば良かったなぁ。まぁ、言ったところできっと、嫌だといわれただろうけど。
「冷たい」
空に流れていく薄紅色の雲に向かいぽつりと呟く。すると、「何が冷たいって」と土方の声が降ってきた。首を捻って見れば、いつの間に来ていたのか、回廊に土方が立ち近藤を見下ろしていた。驚いて応えずにいると、土方は答えなど求めていなかったようにさっさと近藤の頭の横を歩いていき、机の上を布巾で拭うとそこへ書類の束を置いた。
「この書類全部に署名してくれ。捺印は俺の方でやっておく」
のろのろと身体を起こした近藤にそう言って、土方は先程まで沖田が座っていた場所へ腰を下ろした。
 渡された筆を持ち、促されるままに署名をしていく。床が書類で埋め尽くされ
足の踏み場も無いほどになり、ようやく作業が終わると、土方がそれを端から集め始めた。
「…忙しそうだな」
そう話しかければ、土方は書類を重ねながら呆れたような顔をして近藤を見る。
「誰の所為だと思ってんだ」
言われて、少しムッとした。
「俺の所為か」
勢いで言い返せば「そうだよ」と言われる。
 だから手伝うと言ったのに。手伝いはいらないとそう言ったのは土方の方だ。
 ふいと顔を逸らして頬杖をつくと、ふと土方が笑う声が聞こえた。
「…あと三十分くらい待てるだろう」
笑いながらそんなことを言われ、意味が分からずに土方を窺えば、土方は集めた書類を机で叩いて揃えながら「捺印まで済ませたら終わりだからな」と言った。
「アンタが祭なんて言い出さなけりゃ、こんな急ぐこともなかったんだが」
土方はそう続けて、少し首を傾げて斜めに近藤を見つめた。
「トシ…」
「まぁ、たまには良いだろう」
笑いながら土方が吐いた溜息が、近藤の首筋をふと掠めていった。
 ああ、なんだ…。トシは全部分かってたのか…。
 口に出せば、何年一緒にいると思ってるんだと笑い飛ばされそうなことを思って、近藤は笑った。
作品名:忙中閑あり 作家名:aocrot