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いわし雲 九月四日

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盛りを終えた芙蓉の花が太陽の日差しに項垂れている。九月に入ったとはいえ、まだ夏の名残が色濃く残り、風が止むとじわりと汗が滲み出た。
 川に掛かる橋の上で立ち止まり、近藤はひとつ溜息を吐いた。
 こんなことなら嘘など吐かなければ良かった。
 橋の欄干に寄りかかり川面を見下ろす。きらきらと輝く水に膝までを浸け、魚捕りをしている子供達が上げる笑い声が響いていた。
 今頃、皆仕事をしているだろうな。
 はぁ、と溜息をついて欄干に頬を着けた。
 昨日の夜の土方との会話を思い出す。
 だいぶ酒が入っていた。酔っ払った勢いで、誕生日なのに休みにしてくれないなんて、と土方に文句を言った。土方の方は素面で、どうせ予定など無いのだろうと笑うので、思わず予定ならあると嘘を吐いた。
 朝起きて勤務表を確認すると、午後が空欄になっており、そこに土方の文字で「休み」と素っ気無く書いてあった。
 土方を掴まえ、「午後が休みになってるんだが」と言うと、「アンタが休みにしろと煩いからだろう」と面倒くさそうに言われた。
 午前中は桜田門での局長会議に出席してもらわなきゃなんねぇからな。一日休みってわけにはいかないが、午後は俺と原田でどうにかなるだろう。
 土方はそう言って、その言葉の通り午前中の会議が終わると近藤を車に押し込んで屯所に帰した。
 予定など本当は何も無いのだと、言う暇も無かった。
 あんまり羽目を外さないでくれよと言って車の扉を閉めた土方は、いつもと同じように素っ気無かった。
 予定があると言った手前、屯所にいるわけにもいかず、着替えて出てきたのは良いが、行く当てもない。
 残してきた土方が自分の代理で会議に出ているのかと思うと、自分だけ遊ぶわけにもいかないしな…。
 溜息を吐いて橋を渡り、川原に下りる。背を伸ばした薄の作り出した僅かな日陰に身を寄せて腰から刀を外し寝転ぶと、ふわりと草の青臭い匂いが立ち上った。
 上空を見上げれば藍で染めたような青空が広がり、その中をいわし雲が泳いでいる。
 ぼんやりとそれを眺めている内に眠気が襲ってきた。
 少し寝て、夕方になったら屯所に戻ろう。
 戻ったらトシに嘘を吐いたことを、謝ろう…。



そのままどれくらい寝ていただろう。別れを告げる子供の声で目が覚めた。空は夕日に染まり、いわし雲も鮮やかな赤に染まっている。
 まだ翳んでいる目を擦り身体を起こした近藤の頭上から「随分気持ちよさそうに寝ていたな」と呆れたような声が落ちてきた。慌てて見上げると橋の上に土方がいて、欄干に寄り掛かるようにして煙草を吸っていた。
「いつから」
思わず問い掛けた近藤に、土方が煙草を消して川原に下りてきた。
「少し前に山崎が見つけて、俺に連絡をしてきた」
近藤の隣に胡坐をかいて座り、土方が新しい煙草に火を点ける。ふうと白い煙を吐き出した唇が、「ゆっくりできたか」と言った。
「ああ」
頷いて、土方の横顔を見つめる。空を見上げていた土方が、いわし雲が出ているから明日は雨かも知れねぇな、と言う。
「…トシ、すまなかった」
その横顔を見つめ謝った近藤に、土方が振り返った。
 近藤が吐いた嘘など、土方はとっくに見抜いていたに違いない。だが土方は唇の端を上げて小さく笑っただけで、「何のことだか分からねぇな」と言った。
「アンタがゆっくり休めたならそれでいい」
そう呟いて少し上を向き、夕空に白い煙を吐き出す。
「帰ろう、近藤さん。屯所で皆が待ってるぞ。アンタの誕生日だからと料理と酒を用意してる」
それで俺が迎えに来たんだ、と土方は笑った。それから、「ああ、そうだ」と呟き懐を探って小さな包みを取り出した。素っ気無い包装のそれを土方は近藤の膝に放ってきた。
「好みに合うと良いんだが」
土方はそう言って、短くなった煙草を土の上に押し付けて消した。
 近藤は膝の上に置いた包みから丁寧に包装を剥がした。中から鮮やかな藍に薄色と銀の差し色が入った太刀紐が出てくる。
 十日ほど前、そろそろ新しい太刀紐が欲しいなと近藤が呟いたのを覚えていたのだろう。
 本絹で出来たそれは手に掴むとしっとりと肌に馴染んだ。
「トシ…」
じわりと胸を満たしたものを言葉にしようとして、上手くいかず、近藤は手を広げると土方の身体を抱き締めた。
「ありがとう」
ぎゅうと土方を抱き締めて、ただ一言そう言った近藤に、土方が「痛ぇよ」と呆れたような声を上げ、近藤の背を抱いた。
「誕生日おめでとう、近藤さん」
作品名:いわし雲 九月四日 作家名:aocrot