にほんばれ 五月五日
晴れたなぁ…。
日本晴れの空は青く澄んでいる。風が吹くたび、真鯉が悠々と空を泳ぐ姿に暫し見惚れていると、少し先を行っていた山崎が戻って来た。
「局長、持ちますよ」
そう言って差し出された手を「いい、いい」と断り、両手を塞ぐ荷物を持ち直した。右手に持った瓶の中でタプリと水が跳ねる感触がある。今日の為に蔵元から取り寄せた酒だった。
「…トシはどうしてるかな」
「午後は屯所で書類を片付けるって言ってましたよ」
「そうか」
頷いて歩き出すと、山崎がついて来る。
「…副長、笑ってましたね」
「うん」
昼前に山崎を連れて屯所を出た近藤を門の前で見つけて、どこに行くんだと訊いた土方の顔を思い出す。ちょっと、と答えた近藤を呆れたように笑っていた。
何もいらないと言ったのに、と言われている気がして、急ぐからと土方の前を足早に通り過ぎてしまった。
「昔からトシには隠し事は出来ないんだ」
そう言うと、山崎は「局長は嘘が下手ですからね」と声を上げて笑った。
「そうかな」
「そうですよ。顔に出ちゃうでしょ」
「そうでもないだろう」
そんな他愛もない話をしながら屯所に戻ると、誰が飾ったのか門前に小さな鯉幟が泳いでいた。
「局長、お帰りなさい」
「ただいま」
門を潜り、では俺はこれでと玄関に向かう山崎と別れ、庭を横切るようにして土方の部屋へ向かった。土方の部屋は半分だけ障子が開いていて、中を覗き込むと文机に向かって何か書き物をしている横顔が見えた。
筆を置き朱印を押した後、書類を机の足元に置いた木箱へと落とす。そうしてふと視線を上げた土方と目が合った。
「戻ったのか」
低い声が静かに響く。
「うん」
「………」
土方は文机に肘を付き首を傾けるようにして、頷いた近藤の両手にぶら下がっている荷物をじっと見つめた。
「一杯やろう」
右手に持っていた瓶を持ち上げて、土方を誘う。
「俺はまだ仕事中だ」
土方が呆れたように言うので、「まぁまぁ」と宥め靴を脱ぎ捨て回廊から部屋に上がった。部屋の中央に荷物を下ろし、左手に持っていた風呂敷を開く。中には鰹の刺身が入っている。土方は姿作りになったそれを見て「旨そうだ」と褒めた。
「初鰹だぞ。粋だろう」
近藤が得意げに言うと、土方は唇の端を上げ静かに笑った。
鰹と一緒に風呂敷に入っていた猪口を取り出し、「ほら」と土方に差し出す。青空のように澄んだ水色をしたそれを見て、土方はやっと立ち上がると近藤の前に来て胡坐をかいて座った。
「…馬鹿だな、アンタは」
近藤の差し出した猪口をじっと見つめて、土方が呆れたようにそう呟いた。どうして、と訊けば、顔を上げた切れ長の目と視線が合う。土方は少しだけ近藤の顔を見つめた後、ふと視線を伏せた。
「何もいらないと言っただろう」
「トシがいらなくても、俺がしてやりたいから良いんだ」
笑いながら告げると、不意に猪口を持ったままの腕を掴まれた。ぐいと強く引かれ、驚いている間にひやりとした唇が唇を掠めていく。
「…あんまり俺を甘やかすなよ、近藤さん」
土方はそう言って、今度はゆっくりと近藤の唇へ口付けた。
「我侭になるぞ」
明るい部屋でするには濃厚すぎる口付けの後、土方が笑いながら囁いた。いいよ、と言って近藤は土方の身体を抱き締めた。
「誕生日おめでとう、トシ」
作品名:にほんばれ 五月五日 作家名:aocrot