可愛い人
「落ちつけ、近藤さん」
庭のどこに隠れようかと視線を巡らせている近藤の背中に言って、頭を掻いている間に揺れが小さくなる。
「地震なんか珍しくねぇだろうが。一端座れよ」
「まだ揺れてるぞ」
「もう揺れてねぇよ。座れって。デカイ図体で動物園の猿みたいにうろうろすんな」
それでなくても湿度が高く暑苦しいというのに、余計に暑苦しい気分になってしまう。
土方が苛々とした声を出すと、近藤は渋々と土方の前に戻ってきてあぐらをかいた。
「…ああ、びっくりした」
「びっくりしすぎだ、アンタは」
「トシは落ちつきすぎだぞ」
「いざという時近藤さんみたいに慌ててたんじゃ、成すもんも成せねぇからな」
全く大将がそれじゃあ下っ端まで浮き足立って戦にならねぇ、と文句を言う。近藤が「戦と地震は違うじゃねぇか」と拗ねたように反論をしたが、それは無視した。
今は地震よりも仕事だ、と目の前に積まれた書類を捲る。揺れが収まってもまだ落ちつかないのか、近藤はちらりちらりと庭を伺っている。土方は溜息をつき、近藤の前に書類を置いた。
「これは近藤さんも目を通してくれよ。園遊会の警備だが、結構規定がある。これもだ。こっちは最後だけで良い。あと酒屋から請求書がきてるが金額が結構でかい。来月は酒は少し控えてくれ」
言いながら会計方に回す請求書の一部を近藤の手元に渡すが、どうも反応が無い。土方は溜息をついて顔を上げた。
「近藤さん」
落ちつきのない横顔を睨み名前を呼んだ瞬間、ガタと襖が揺れた。
ああ、また地震だ。
そう思い舌打ちをした土方の腕を近藤がむんずと掴んだ。声を掛ける間もなく、そのまま強い力で引き摺られるようにして廊下まで連れて行かれる。途中、膝頭が机の角にがつんと当たり、思わず「痛ぇ」と悲鳴を上げた。
膝の痛みにうめいている間に揺れは収まり、近藤がふう、と溜息などついているので、その尻を殴った。
「なにすんだ、トシ」
「何すんだはこっちのセリフだ!人のこと力任せに引き摺りやがって」
着物の裾を払い膝を覗くと赤くなっていた。きっと明日には色が変わり、みっともなく青色に変わっているだろう。ちくしょう、と呟いた土方の前に近藤がしゃがんだ。
「だってトシが逃げようとしねぇから」
「あのなぁ…」
必要と思えば自分で逃げる。余計な心配するな。
そう言ってやろうと思い近藤を見るとなんだか心配そうな顔をしていて、ぬっと伸びてきた大きな手が土方の膝小僧をそっと撫でた。
温かなその感触に、土方は溜めていた息を大きく吐き出した。
「…今度からは抱えて連れてってくれよ、近藤さん」
土方がそう言うと、近藤は「まかせとけ」と大きな口を開け笑った。