紅緋
飯は食ったのか…
黙っていると不健康なものばかりを食べて過ごす。酒と煙草だけを呑んで過ごしている日もある。
まだならば飯屋にでも連れていってやろうと土方の部屋の襖を開いた。
「…ああ、近藤さん、戻ったのか」
土方は今にも崩れ落ちてしまいそうな窓の柵に寄りかかり煙草を吸っていた。近藤に気付きうっすらと笑みを浮かべる唇が濡れているのは、傍らに置いた酒の所為らしい。
「早かったじゃねぇか」
「…なんだトシ、その格好は」
答えるよりも先に、言葉が出た。
土方が着けているのは女物の襦袢だった。燃えたつような深紅が、土方が動く度にさわさわと緩やかな波を立てる。一見で上質なものだと分かる光沢に、土方が出掛けて行った先の相手がただの町娘でないことが伺えた。
「ああ、これか。似合うだろう。もらった」
土方は言って笑いながら立ち上がり、近藤の前で身を翻して見せた。漂ってくる白粉の甘い香りが辺りにふわりと広がる。
似合うだろうと訊かれじっと見つめていると、土方は手に持っていた煙草を灰皿に押しつけて消し近藤の前に立った。
「そんな顔すんなよ、近藤さん。嫌なら脱ごう」
何時の間にか寄っていたらしい眉間の皺を視線で指摘される。近藤が「いい」と言う前に土方は適当に結んでいた帯を解き、赤い襦袢を右肩からするりと落していた。中には何も着けていなかったのか肌が露わになった。
「玉乃屋の女将にもらったんだ。アンタが何誤解してるか知らねぇが、昼飯食ってる途中で醤油を倒して着物が駄目になっちまってな。帰りは車だから何でもいいっつったらこれだよ」
話しながら左腕も袖から抜く。畳の上にパサリと軽い音を立て襦袢が落ちた。
「案外着心地が良かったが外を歩くには寒い」
朝夕の鍛錬で鍛えられた肢体が月明かりの下に照らされる。不摂生な食生活の割に腹は引き締まり、筋肉の陰影を淡く映し出している。
「当たり前だろう。女物の下着で外を歩く奴がどこにいんだ」
近藤の言葉に土方は「そりゃあそうだ」と笑い、そのしなやかな腕を伸ばしてきた。
「なぁ、近藤さん。しよう」
だいぶ酒を飲んだのか、土方は上機嫌にそんなことを言い近藤の胸に手を置いた。隊服のスカーフを取り、近藤の胸ポケットに押し込んでしまう。器用にボタンを外した指がシャツの中に入り込み近藤の肌を撫でた。
「トシ」
「白粉の匂いなんて嗅いでたら妙な気分になっちまった。アンタが帰って来るの待ってたんだ」
いいだろ、と囁く唇が顎に押し付けられる。甘えるように噛みつかれちくりとした痛みを感じ、近藤は土方の顎を掴み噛みつくようにキスをすると、その身体を床に落ちた襦袢の上へと横たえた。
「今度醤油を零したら俺を呼べよ、トシ」
着替えを持って行ってやるから、と言う。土方は近藤の首に腕を回し、くつくつと笑うと「アンタがそうやって甘やかすから俺がつけあがる」と囁いた。
「なぁ近藤さん、あんまり俺に優しくしない方がいい…俺がアンタに惚れてるのを知ってるなら、優しくしないでくれ」
言って土方はそっと目を伏せた。
「アンタのことが好きだ」