初雪の頃、赤く染まる頬
薄い障子紙を透かして朝日が部屋に差し込んでいるが、時計を見ればまだ七時にもなっていない。
近藤は薄い毛布で身体をくるみずるりと布団を這い出すと、古ぼけたストーブに火を焚いた。小さな橙色がぼわりと明るさを増すのを見、冷たくなった手の平を当てる。そうしてしばらく呆けていると、背後で「うーん」とか「あー」とかいう唸り声が聞こえた。
ああ、そういえば一緒に寝たんだった。
道理で寒くて寝ていられないわけだ。上等な羽毛布団は全て、丸くなって眠る土方の身体に巻きつけられていた。何か嫌な夢でも見ているのか、時折眉を寄せ唸る。あれが昨日は自分の腕の中で甘く掠れた吐息をもらしていたのかと思うと不思議だった。
それにしても冷える。
ストーブを焚いても、畳から伝わる冷たさは変わらない。窓の隙間から入ってくる冷気に、近藤はそっと手を伸ばし薄く障子を空けた。
「ああ…」
思わず溜息が漏れる。
庭は一面白く染まっていた。朝日を反射し輝く白銀に、目を細める。
夜のうちに雪が降ったのか。
雪の日の朝はいつも、少し耳が遠くなったような感覚に陥った。耳を澄ませば朝の早い隊員達の声が微かに聞こえてくる。だがそれ以外は時が止まってしまったかのように動かない。鳥さえ、不思議と囀りもせず、雲ひとつ流れてこない。
近藤は障子に寄りかかり、立てた片膝に肱をつき外を眺めた。
ストーブを焚いているのに部屋はなかなか暖まらず、土方は益々まぁるくなっていく。
早く初雪が降ったことを知らせてやりたいのに、まだ起きる気配が無い。
だいたいこの男は朝が弱いのだ。低血圧だなんだと言って起こしても素直に起きやしない。起こしてやろうと肩を揺さ振れば、いつだって恨めしそうに潤んだ目で近藤を見、「あと少ししたら起きる」と平気で嘘をついた。
近藤は仕方なく土方の身体に毛布をかけ、そっと部屋を出た。ひやりとした板の廊下に足が震える。漂ってきた味噌の匂いに腹を擽られながら縁側に出た。刺すような寒さに首を竦め、しゃがむと、近藤はまだ誰も踏んでいない雪へと手を伸ばした。指先でしゃく、と音を立てたそれを一握り掴み、持ち上げる。手の平の温度を奪い溶け出した雪の雫がぽたぽたと腕を伝い落ちた。
近藤は少し考え、もう一度雪を掬うと雪玉をふたつ握り重ねた。いびつな形に出来あがった雪だるまに拾った小石で目を付ける。上手い具合に虫に食われた枯葉を見つけだるまの顔に押しつけた。なんだかにやけた奇妙な表情になった。
手の平にそれを乗せ、しばし見詰め合う。
なかなか愛嬌のある顔してるじゃねぇか。
その出来に満足し、それを手の平に乗せたまま部屋に戻る。案の定土方はまだ寝ていた。近藤が掛けてやった毛布も巻き込んで蓑虫のようになっている。
「トシ」
枕元にしゃがみ名前を呼ぶが反応は無い。
「おい、起きろ」
もう一度声を掛けると、蓑虫は頭を引っ込めた。布団の中から聞こえてくるくぐもった声が「うるせぇ」だの「起きたくない」だのと文句を言っている。
「トシ」
布団ごとその身体を揺さ振ってやる。そうしていると、息苦しくなってきたのか、それとも近藤が諦めないと悟ったのかようやく土方が顔を出した。
「…なんだよ、近藤さん…」
着物の袖からはみ出した二の腕に、眠そうに頬を擦りつけ舌足らずな声で言った土方の頬に雪だるまの尻を置いた。雪の冷たさにさすがに目が覚めたのか、土方が驚いたように顔を上げる。滅多に取り乱さない男が目を丸くする様を見て、近藤は笑った。
「どうだ、可愛いだろう」
雪だるまを土方の顔の前に持っていき訊くが、土方は胡乱げな顔をし、溜息をついただけだった。
「…雪が降ってんのか…」
「今は止んでる。外見てみろ」
「嫌だ、眠いし寒い」
「トシ」
近藤に背中を向け、また布団にもぐり込もうとする土方の肩に触れる。土方は「ああ、もう…」と苛立ったような声を上げ、近藤の手を掴んだ。
「いい年して雪遊びなんかしてるから、手が冷たくなってるじゃねぇか」
指が真っ赤だ、と言って近藤の手を手拭で拭う。反対の手も、と促され、ストーブの上で湯気を立てている薬缶の中に雪だるまを入れた。ぐずぐずと崩れていく雪の塊を見ながら、土方に手を差し出した。指を掴まれ引かれるまま布団の中に入り込む。間近で視線が合うと、土方は笑った。
「近藤さん、アンタ、鼻も頬も赤い…」
ほんと子供みてぇだな、と笑う唇が近付き、頬に柔らかく押しつけられた。
「俺があっためてやろう…」
作品名:初雪の頃、赤く染まる頬 作家名:aocrot