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梔子色

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その日、土方は新しい着物を羽織っていた。月明かりの煙る畳の部屋で、肌の上に一枚羽織ったそれは梔子色であまり土方に似合っていないような気がした。だらしなく肌蹴た足で胡座をかき、慣れた仕草で煙草に火を点ける。そうして煙草を咥えると実に美味しそうに喉深くまで吸い込んだ煙をふっと吐き出した。
 食べ物を食べる時は無表情なのに、酒と煙草は美味しそうに呑む。月を見上げ不意に「明日も晴れるな」と言うと、土方は近藤を振り返った。
 酒の所為か、潤んだように見える漆黒の瞳と視線が交わる。何かを言おうとしたのか、中途半端に開いた唇が二度、三度震え言葉も無く閉じられた。さりげなく逸らされた視線がまた空に戻される。
「…その着物は初めて見る」
逸らされ露わになった首筋と、そこに浮かび上がる青い血管を見つめながら言った。
「ああ、もらったんだ、これは」
「女か」
訊くと土方はふん、と笑い膝を立てた。内股の筋肉が作り出す陰影が、その奥にある熱を想像させる。昨夜は女の膣に入っていただろうそれを想像し、近藤は乾いた舌先を潤すように酒を飲んだ。
 質問には答えず、土方は酒を煽る。空になった伊万里ガラスに酒を注ごうとする手を止め奪った一升瓶を土方のグラスに傾けた。透明な液体がとくとくと柔らかな音を立てて滑り落ちる。
 ざっと強い風が吹いた。庭を彩っていた紅葉が一枚、窓から入り込んでくる。ひらひらと舞ったそれは土方の腿の上に落ちた。日に焼けていない白い内股に、燃えるような紅が映える。土方は乱れた髪を手で撫でつけだが、落ちた紅葉はそのままにしていた。
「寒くないか」
酒に火照った顔に言う。しっかりと着物を着込んだ自分とは違い、土方は梔子色を一枚着ているだけだ。
「別に。近藤さんが寒いなら閉めようか」
そう答えた横顔が前髪を揺らす風に気持ち良さそうにしているのを見、首を振る。
「お前が寒くないなら良い」
何がおかしかったのか、近藤のその言葉を土方が笑う。
「アンタは本当に優しいな」
言って、くつくつと肩を揺らし笑うので、グラスから酒が跳ね畳を濡らした。
「酔ってるのか、トシ」
心配してそう尋ねたのに、土方は耐えきれなくなったように吹き出しグラスを放り出した。部屋に酒の雨が降り、近藤の肌をも濡らす。
 相当酒が回っているらしい。
 閉口した近藤の目の前で、土方は酒に濡れた畳の上に寝転び腹を抱え笑っていたかと思うと、急に静かになり作った拳で力任せに畳を叩いた。ドンと鈍い音が響き、しばらくして襖が薄く開けられる。
「局長」
顔を出した山崎に首を振って見せた。
「なんでもねぇ。トシが酔って転んだだけだ」
近藤の言葉に浅く頷いて、山崎は襖を閉めた。
 土方は畳の上に寝転んだままでいる。先程まで笑っていたことなどすっかり忘れてしまったかのようにきつく結ばれた唇。その腿からはらりと落ちた紅葉は今は近藤の膝の前にあった。
「トシ」
手を伸ばし髪に触れる。土方は嫌がって首を振ったが、髪に指を差し込み掻き混ぜるようにして撫でるとおとなしくなった。
 酒の所為かうっすらと汗の浮かんだ額を手の平で拭ってやる。土方は一瞬肩を震わせたが、近藤がするままに顔を傾けた。
 手の平から餌を食むが、決して心を許さない野良猫のような仕草を小さく笑う。
「何か俺に言いたいことがあるんだろう」
隠し事など自分達の間には必要ない。今までどんなことでも話し合ってきたじゃないか。
 だが土方は無言のまま視線を逸らした。さりげなく近藤の手を避け起き上がる。ずるりと引き摺った着物の裾をかき寄せ肌蹴ていた前を手繰ると、土方は濃紺の帯をきつく締め直した。まるで言うことなど何もない、と言いたげに帯を締め、近藤に背中を向ける。
「…その着物の送り主は懇意にしている女か」
部屋を出て行こうとする背中に問いかける。土方は肩越しに近藤を振り返り、何かを言いたそうな目をした。
 最近良く、土方はこんな目をして近藤を見た。どこか薄暗い色を浮かべた瞳で近藤を見、それはすぐに諦めたような表情になった。土方は結局何も言わないまま、襖を蹴るようにして開け部屋を出ていった。
 梔子色の着物を、女はどんな気持ちで選んだんだろうか。
 最初は土方に似合っていないと思った色を、送った女の気持ちが今は分かるような気がした。
「くちなしの…もの言わぬ色か…」
ごろりと横になると畳から香る酒の匂いに頭がくらりとする。指先につまんだ紅葉を月明かりに透かすようにして見ながら、この燃えたつような紅葉色の、紅い着物を買ってやろうと思った。
 きっとあんな地味な色より土方の肌に良く生える…
 あの梔子色の着物を脱がし、土方が隠しているものを見てみたかった。その気持ちが女を抱くときに似た欲望を孕んでいるのに気づき、近藤はひとつ咳払いをすると持っていた紅葉をくしゃりと握りつぶした。
 月はまだ、まぁるい姿を保ったまま近藤を見下ろしていた。
作品名:梔子色 作家名:aocrot