春を待つ
「疲れたか、トシ」
「ああ?疲れてなんかねぇよ。アンタの方こそ、少し寝たらどうだ」
「俺は別に眠くなんかねぇ」
「そうか。だったら起きてろ」
そう言うともう話すのが億劫になってきて、黙る。ラジオから間延びした演歌が流れ始める。暫く聴いていたが、さして上手くもない歌声を聴かされることに苛々としてきて、ラジオを切ってしまった。車の中がしんと静かになる。外灯の無い場所に停めたので、時折道を行き交う車のライトが交互に二人の顔を照らし出していった。
「…今年もあと少しか。あっという間だったな」
腕組みをして、近藤がぽつりと呟く。ちら、と顔を窺えば、目を閉じて何かを思い出すような表情をしていた。
「…なんだよ、近藤さん。急に年食ったような顔しやがって」
呆れて、そう言ってやる。近藤は目をぱちっと開けると、土方を見た。
「年食ったからな。俺もトシも」
「こんな年の瀬に嫌なこと言うな、アンタ…」
笑いながらそう言ってから、近藤が常に無く真面目な顔をしていたので思わず黙ってしまった。
「お前と会ってから時間が経つのが早い。真選組を立ち上げてからはもっと、早くなった。なぁ、あれからもう何年経ったかな」
「あれからって…」
「トシと初めて会ったあの日から、どれだけ一緒にいるかな」
「…知るか。自分で計算しろ」
あまりにもじっと見つめてくるものだから、どうも照れくさくなってしまい顔を逸らす。近藤が笑う気配がして、頬に冷えた指先が触れた。肌の感触を確かめるように二度、三度土方の頬を突いてから、耳朶を掴む。無視していると、近藤の気配がすぐ傍に寄ってきた。
「近藤さん、勤務中だぜ…、ん…」
大きな手に肩を掴まれ、背もたれに押し付けられるようにされながら、文句を言おうと近藤を見ると温かな唇が土方の唇にゆっくりと重なってきた。薄く開いた唇で土方の唇を吸って、優しく食む。それを何度も、何度も繰り返す。まるで宥めるような、愛しむような、そんな口付けだった。
「…なぁ、トシ」
「なんだよ」
「皺がもっといっぱい増えて、出会った頃とは違う顔になっても、ずっと一緒にいよう。ずっと一緒に、こうやって年を食ってこう」
そんなことを、嬉しそうに笑いながら告げるので、返す言葉が出てこなかった。胸を圧迫して喉を詰まらせるようなその感情を舌打ちと共に吐き出すと、土方は何も言わず近藤の胸元を鷲掴んで引き寄せ、口付けた。近藤のように優しくは出来なかった。ずっと深くて欲情的な口付けの後、土方は近藤の唇を指で拭って、笑った。
「アンタは本当に馬鹿だな、近藤さん。そんなこと頼まれなくたってずっと傍にいてやるよ…」