秋風
「ああ、しまった。殺しちまった」
地面にうつ伏せ重なり合い倒れた浪士の肩を蹴って、転がしながら沖田が笑った。
既に事切れているのだろう。ぴくりとも動かない浪士の肩から腹にかけ、ぱっくりと開いた刀痕が露わになり、周囲を穏やかに取り巻く秋風に咽返るような血の匂いが混ざった。
「ったく…なんでお前はそうやってすぐ殺しちまうんだ。生け捕りにしろって言っただろうが」
「あァ、すいやせん。ついうっかり」
「近藤さんになんて説明すんだ、コレ」
土方は溜息をついて遺体の傍らにしゃがみこんだ。
沖田が蹴ってどかした浪士の下から現れたのは、身なりのしっかりとした侍だった。背中から襲われたのか、腰の刀を抜いた形跡は無い。
「どうも、この顔にゃ見覚えがあるな」
「こないだ江戸城の園遊会で見ましたぜ」
「…攘夷浪士と繋がりがあったのか、ただの怨恨か」
沖田の殺した浪士に斬られたのだろう。侍の首から背中へ掛けて大きく走っている傷に手を伸ばす。指先を血に濡らしながら、刀痕を確認する土方に、沖田が「もう帰りましょうぜ」とつまらなそうに言った。
土方は車に戻り無線を繋げると、原田へ遺体を引き取りに来るよう指示した。
「近藤さんにはお前が説明しろよ、総悟」
無線を切って、土方が顔を上げると、沖田は既に助手席に乗り込んで狸寝入りを決め込んでいた。
土方は溜息をついて、運転席へ乗り込み、エンジンを掛けた。ハンドルを握るとぬるりと滑り、それが自分の手の平についた血の所為だと気付く。
「ちっ…」
無造作に腿で手を拭い、車を走らせた。
「…死臭がすげぇや。窓を開けましょうぜ」
沖田が目を閉じたまま言った。その頬を汚した血は乾いて黒い染みのように見えた。
「折角気持ち良い秋風が吹いてるんだ。こんな夜に血なまぐさいのは似合わねぇ。そう思いませんか、ねぇ土方さん」
沖田の空々しい言葉に、土方は唇を歪めて笑った。
「思わねぇなぁ。俺達には爽やかな秋風なんか似合わねぇだろう。死臭がお似合いだぜ。そうだろう、総悟」
そう言ってやると、沖田が薄目を開けて笑う。
「そうですねぇ。土方さんにはお似合いだ」
漂ってますぜ死臭が、などと言うので、「てめぇ、屯所に戻ったら覚えてろ」と吐き捨てて、土方はアクセルを踏みこんだ。