二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

春遠からじ

INDEX|1ページ/1ページ|

 
石畳の参道の脇に水仙が咲いている。甘くふくよかな香りを辺りに振りまくように、風が吹く度白い花を揺らした。
 冷たい風が頬を撫でていく感触に土方は少しだけ顎を下げ、それを受け流した。
 神社では煙草が吸えず、口元がなんとなく寒い。
 隣を行く近藤が大袈裟に体を震わせ、寒いと言った。綺麗に晴れ渡った青空に向かい、まるで文句を言うような口調だった。
 構わずにいると、トシは寒くないのかと訊かれる。寒いよと答え腕を組んで、水で清めた所為で冷たくなった指先を着物の袖に仕舞った。
 小さな神社は三が日を過ぎ人もまばらで、並んで歩く二人を気にする人間もいない。
 初詣に行こうと言い出したのは近藤の方だった。正月って言ったら神社に詣でて御籤を引かねぇと、と強引に土方を連れ出した。
 意外に繊細で信心深いんだ、この人は。
 出かけに下駄の鼻緒が切れれば不吉だと言って騒ぎ、黒猫が横切れば方角が悪いから屯所に戻ると我侭を言う。
 その時の情けない顔を思い出して笑いそうになる。土方はそれを誤魔化すように顎を撫でて、小さく息を吐いた。
 何本目かの鳥居を潜り、本殿へ続く細く長い階段を登っていく。最後の一段を踏み締めるように登り切ると、空に向かい高く伸びた杉の木の太い幹に囲まれるようにして、木造の本殿がある。二人の足音に驚いたように、地面を啄ばんでいた鳩が飛び立っていった。
 本殿に向かい、作法に倣って参拝をする。
 何を願うべきか、いつもここに立つと分からなくなってしまう。土方はいつもと同じように何も願わないまま、目を開けた。隣を窺えば近藤は何やら必死になって祈っている。
 これは長くかかりそうだと溜息を吐き、土方は先に本殿を出た。
 何を願ってるんだか…。
 近藤の背中をじっと見つめていると、やっと全てを伝え終えたのか、近藤が振り返って土方を見た。大股に歩いてきて、「何をお願いしたんだ」と訊いてくるので呆れる。
「願い事ってのは人に言うと叶わなくなるもんだ。近藤さんも黙ってろよ」
土方はそう言って近藤に背中を向ける。
「ほら、御籤を引くんだろう」
手を繋ぐことは叶わないので、近藤の着物の裾をついと引いた。
 小さな社務所に置いてある御籤筒を振って、出てきた棒を神主に渡すと一枚の紙を渡される。見れば大吉と書いてあった。見るともなしに書かれている和歌を読んでいると、隣から「ああ」と嘆き声が聞こえた。
「トシ、どうしよう。凶だ」
近藤が言って差し出してきた御籤を覗き込めば、確かに凶と書いてあった。
「焦ってはならぬ時期を待て…大病に気をつけ医者を選べ…なんだ、良いことが書いてねぇな」
思わず笑ってしまうと、近藤が拗ねたような顔をした。
「…トシは大吉か。羨ましい。去年もトシは大吉だったよな。俺は末吉だったのに」
いいなぁいいなぁと恨めしそうに言われる。
 そういえば去年も同じような遣り取りをしたっけ、と土方は笑いながら近藤の手から御籤を取り上げると、代わりに自分の御籤を近藤の手に握らせた。
「交換してやろう。こっちは結んでいけば良い」
近藤の御籤を背の低い梅の木の枝に、左手で結んだ。
「知っているか、近藤さん。良くない御籤は利き手では無い方の手で結ぶと良いんだと」
器用にそれをこなした土方に、感心したように「ふうん」と近藤が頷く。それから手の中の御籤を見て、「トシが引いたのに俺が持ってたらまずいんじゃないか」と言うので、土方はそれを近藤の手から奪ってその懐へ放り込んだ。
「神様ってのはそんなにケチじゃねぇだろう。大吉を分け合うくらい許してくれるさ」
近藤の胸を押さえて告げる。近藤は笑ってそうかなと言った。
「そうだそうだ。それに…俺の願いは神様じゃなくてアンタが叶えてくれるからな」
土方はそう言って笑い、近藤の背を叩いた。
 本殿の屋根から飛び立った鳩の群れが、青空を旋回して石畳にまばらな影を振り撒いていく。それに誘われるように歩き出した土方の肩を近藤の腕が力強く抱いた。
作品名:春遠からじ 作家名:aocrot