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雨の日の告白

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傘を忘れたので迎えに来て欲しい。
 そう近藤から連絡が入ったのはそろそろ夕方五時になろうかという時だった。その時、土方は自室で仕事をしていたので、山崎を廊下に呼んだが、他の隊士が来て山崎は不在だと言う。何かあれば…と言われたが、少し考え、結局自分で迎えに行くことにする。それでしたら車を、と言う隊士に傘を二本用意させ、屯所を出た。
 長い間机に向かっていた所為で凝り固まった首を捻りながら、近藤が伝えてきた場所へ向かう。
 雨は弱くなり強くなりを繰り返し、止む気配は無い。傘に当たる雨粒の音で、周囲の音がぼんやりと滲み、遠く聞こえてくる。
 明日の天気はどうだったろうか…。
 ぼんやりと考えながら銀行のある角を曲がり、石畳の細い道へ入る。老舗の料亭が並ぶその道は、表通りと違い人がいなかった。夜になればそれぞれの店の店頭へ屋号を書いた灯篭が灯され、お忍びの要人たちが通う道だ。普段は警備でしか訪れない場所だった。
 入り組んだ細い道をいくつか入っていったその先へ、近藤が待っていた。矢竹の植えられた門の庇の下で、ぼんやりと空を見つめて。だらしなく口まで開いているのを見て溜息を吐きながら近付いていけば、土方の足音に気付いて振り向き、にこりと笑った。
「なんだ、トシが来たのか」
「そのつもりで俺に連絡を寄越したんじゃないのか」
「山崎でも寄越してくるかと思った」
「あの野郎、どっかに行っちまっていなかったんだよ」
近藤に傘を差し出しながら、土方は言った。
「ところでアンタ、どうしてこんなところにいる。今日は半蔵門で打ち合わせだったはずだろう、近藤さん」
「ああ、打ち合わせでお偉いさん集めて会食するって話が出てさ、ついでだから店の警備の下見しとこうと思ってな。女将と話しこんでるうちに雨が降ってきちまってよ」
「美人女将は傘を貸してくれなかったのか」
「御年六十の美人女将に頼むのは忍びなくてな」
そう言って笑い、近藤は傘を開いた。傘は近藤の誕生日に隊士達が贈ったものだ。
 京の老舗からわざわざ取り寄せたという蛇の目柄は近藤に良く似合う。白地に濃紺の円がぐるりと描かれているそれを、近藤も気に入って使っていた。
 下向きに開いた傘をひょいと天辺に持ち上げ、雨の中へと近藤が出てくる。
「おお、結構降ってるなぁ。こりゃ明日も雨かね」
バラバラと傘を叩いた雨粒に、近藤がぼやいた。それからふと黙って、立ち止まる。先を行こうとして踵を返していた土方は、近藤が追いかけてこないのでその場で立ち止まった。
「…さっさと帰ろうぜ、近藤さん。俺ぁまだ仕事の途中なんだよ」
「トシ、ちょっと」
手招きをされ、近藤の元まで戻る。
「ちょっとちょっと」
腕を引かれ、お互いの傘がぶつかった。なんだよ、と文句を言ったが、近藤は土方を引き寄せようとするばかりでその先の言葉を継ごうとしない。
 何か内密の話でもあるのか、とそう思って、仕方なく自分の傘を畳んで近藤の傘の下へと入った。大柄の和傘は男二人で並んでも狭苦しいということは無かったが、さすがにその絵面を想像するとおかしい。早々に話を終わらせてしまおうと「で?なんだっていうんだ」と近藤を促せば、近藤は嬉しそうに笑った。「本当だ」と感動したような声で言って、土方の方へ耳を傾ける。
「なにがだよ」
意味が分からず、近寄ってきた近藤の顔を避けるように背を逸らした。
「前に聞いたことがあるんだ。人の声が一番美しく聞こえるのは、雨の日の傘の中だと。本当にそうなのか試してみたくなった」
その言葉を聞いて、果たして本当にそうなのかと近藤の声に耳を傾けていると、「トシ、もっと何かしゃべってみてくれ」と言われ言葉に詰まる。
「…何かって言われても、何もねぇよ」
その声が囁き声のように低くなったのは、近藤が耳を澄ませて聞いているからだった。
「何でもいいぞ。トシの声が聞きたい」
恥ずかしげもなくそう言われれば、自分の方が妙に気恥ずかしくなり、土方は近藤の傘から体を避けて雨の中へ逃げ出した。
「…ったく、下らねぇことばっか覚えてやがって」
ぼやきながら、持っていた傘を開こうとした土方の腕を近藤が引っ張る。そうしてもう一度、傘の下へ土方を誘い入れると、近藤の顔をちらりと睨んだ土方の目を見て笑った。
「大好きだぞ、トシ」
雨の音がバラバラと響いている。いつも聞いている近藤の声がそれに呼応するように柔らかく響いて、届いた。それは耳から入り込んでくるというよりは、心臓に直接響いてくるような、そんな声だった。
 黙っているともう一度何か言おうとした近藤を視線で制して、土方は溜息を吐いた。
「俺も好きだよ、近藤さん…」
近藤が一番聞きたがっているだろう言葉を、雨に乗せて。
作品名:雨の日の告白 作家名:aocrot