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太陽に焦がれる

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九月も半ばを過ぎたというのに空には入道雲が鎮座している。夏の間、音也があの雲を見るたび、なんだか美味しそうだよね、と笑っていたのを思い出し、トキヤは小さく溜息を吐いた。
 俯けば、アスファルトから這い上がってくる熱気に、眩暈を起こしそうになる。今年は残暑が長いのだと、ニュースでやっていた。
 元より、暑さには強くない。音也は夏のこの暑さが好きだと言う。
 何故だろう…。夏の空や太陽を見て思い出すのは音也のことばかりで…ふと憂鬱になる。
 音也のことを考えるのが嫌なわけではない。考えまいとしても相手はいつも自分の目の前にいる。目を閉じて、瞳を逸らそうとしても、鮮明に瞼の裏側へ焼きつくような存在。
 消すことなど出来やしないのだと気付いたのは、いつだったろうか。
 つらつらとそんなことを考えていると、いつの間にか寮のエントランスへ辿り着いていた。
 音也は部屋にいるだろうか。早朝の番組の収録があり今朝はトキヤより早く出ていったが、午後はオフのはずだ。
 二人と同室である寿嶺二は夜までバラエティの収録があると言っていたので、戻ってくるのは遅くなるだろう。
 部屋の鍵を開け、ドアを開ける。その途端、風が吹き抜けていった。トキヤの髪を揺らし、玄関に置いてあった何かのチラシを宙に躍らせる。トキヤは手の平でチラシを押さえると、ドアを強く引いて閉じ、鍵を閉めた。風が、柔らかく辺りに舞うように止んだ。テレビの音が聞こえてくる。
「音也、いるんですか?」
声を掛けながら靴を脱ぎ、部屋へ入る。
 音也は、テレビの前に敷かれたラグの上で丸くなって寝ていた。点けたままのテレビの画面では、ドラマが流れている。撮り溜めていたのだろう。それはトキヤが出演したものだった。画面に映った自分の姿に溜息を吐き、リモコンを向ける。電源の落ちる微かな音がして、画面が真っ暗になった。
 開け放した窓から風が吹き込んでくる。レースのカーテンを大きく膨らませ、音也の手の下にあった雑誌のページをはたはたと揺らした。
 音也の傍らに座り、額に落ちる前髪に手を伸ばす。指先が汗ばんだ額に触れ、その子供のような熱に心が波立ち、トキヤは動きを止めた。
 惹かれたのは、どちらが先だったのか…。鮮烈な光を放ち、真っ直ぐに届く真夏の太陽の光にも似た、この男に触れたいと思ったのはいつからだったのか…。
 一度触れてしまえば離れることは出来ないと知りながら、その手を握ってしまったのは。火傷しそうなほど熱い肌を組み敷いてその熱を奪うように抱いたのは…。
 ああ、あの日も、今日みたいに暑い一日だった…。
 入道雲が夕立を連れてきて、騒々しいほどの雨を降らせた。灰色の雲が空を覆い、太陽の光を奪い、二人きりの部屋を薄暗く閉鎖的なものへ変えたその一瞬が、二人の関係を変えてしまった。
 それが正しいことだったのか、トキヤには分からない。ただその時は、そうしなければ息も出来なくなってしまうような、そんな衝動に駆られていた。
 全ての事が終わった後、夕立晴れて雲の隙間から差し込む柔らかな光の中で音也が笑った。涙に濡れた目でトキヤを見つめて。
 今きっとさ、俺、世界で一番幸せだよ。
 そう言った。トキヤにしか聞こえないような小さな囁き声と、唇に押し付けられた塩辛い頬を覚えている。
 そっと音也の髪を撫でた。そのまま耳朶に触れるとくすぐったかったのか、音也がぐずるような、小さな声を上げた。ギターを弾く硬い指先に触れ、指を絡ませるようにして手を握る。そのまま身を屈めて、音也に口付けた。
 一度目は押し付けるように、そっと。二度目のキスは柔らかな下唇を吸って、食む。三度目は、空気を求めるように喘いだ唇の隙間から舌を差し入れ、深く交わった。
「う…ん…」
重なり合った唇から漏れ出す声は甘い。そのうちに音也は睫を震わせ、ゆっくりと瞼を押し開いた。
「…トキ、ヤ…」
まだ寝惚けているような拙い発音で名前を呼ばれ、「はい」と返事をする。音也はトキヤの下でごろりと体を返して仰向けになると、唇を綻ばせ、にこりと笑った。
「おかえり」
甘えるように髪を引かれ、誘われるまま口付ける。
 外では雨が降り始めたのか、ぽつぽつとベランダの手摺を打つ雨音が聞こえてくる。それはやがて激しくなり、ザンザンと波打つような音で部屋の中を埋め尽くしていった。
「…窓を閉めなければ」
雨が入ってきてしまうと、音也を離そうとするが、音也は重なり合ったトキヤの手をぎゅっと握ったまま離さず、「ここにいてよ」と我侭を言った。
「あの日みたいに傍にいてよ、トキヤ」
そう言って、痛いほどにトキヤの背を抱いた音也の頬が、あの日のように唇に押し付けられる。柔らかな頬を唇で撫でるようになぞり、熱い耳朶に息を吹きかけてやると、音也はひくっと体を震わせくすくすと笑った。
「しよう、トキヤ。したい」
直接的な言葉に、呆れる。それでも音也の熱に同調するように体は熱くなったし、愛しさが増した。
 しなやかな足を開かせ、音也の体を組み敷きながら、トキヤはふと音也の目を見つめた。
「…あなたは、今、幸せですか…?」
そう訊いてしまってから、自分は何を馬鹿なことを言っているのかと後悔する。だが、何でもありませんと否定するよりも先に、音也が一瞬丸めた瞳をぎゅっと細めて笑ったので、その笑顔に言葉が出なくなった。
「世界で一番、幸せだよ…」
音也は囁くように告げると、トキヤの耳朶に口付けた。ひどく熱い唇だった。


(2012年09月17日)
作品名:太陽に焦がれる 作家名:aocrot