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答案用紙の裏

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「ああ、ちょっと待てよ、イッチー」
レッスンルームを出ようとしたその時、まだ翔と何か話をしていたレンに呼び止められて、トキヤは振り向いた。
「…なんですか?」
レンの軽薄そうな表情に警戒しつつ、そう問い掛ける。
 レンがそんな顔をしている時は大抵、自分にとってあまり面白くないことが起こると分かっていた。
「そんな顔するなって。実は昨日、イッキが聖川のところへ来ていて、忘れ物をしていったんだ。イッチーから渡しておいてくれないか」
レンは唇の端を上げ笑いながら、楽譜の間から一枚の紙を取り出した。
 それは英語のテストの答案用紙のようだった。点数は七十八点…トキヤにとっては満足のいく点数ではないが、音也にしては上出来な方だろう。
 だが、気になったのはその部分ではなかった。それをレンが掲げた途端、翔が耐え切れないように吹き出し笑い始めたのだ。それも腹を抱えて。
「おいおい、おチビちゃん、失礼だろう」
「いや、だって、それ…おまっ…」
「なんなんですか、一体」
意味が分からず、レンに近寄っていって答案用紙を奪う。
 答案用紙を裏返すと、そこには鉛筆で殴り書きされた絵があった。
 妙にのっぺりとした顔の人間は、明らかにトキヤだと分かる髪型をしている。その顔の横には吹き出しがいくつもあり、「ふっ」だの「私はあなたとは違うんです」だのと書かれていた。挙句の果て、用紙の端の方へ鬼の角が生えた絵もあり、眉間に皺が寄っていくのを止めることが出来なくなる。
「イッキと喧嘩しただろう、イッチー。昨日聖川に泣きついてたぞ。マサーっトキヤが勉強教えてくれないんだよーって」
レンが音也の声真似をすると、意外にも似ているその声に翔が「やめろって」とまた笑い始める。
「…喧嘩などしてませんよ。私は別にあの馬鹿に勉強を教えなかったわけではありません。忙しいから後にして欲しいとそう言っただけです」
それをきっと大袈裟に言ったのだろう。昨日は珍しく音也の機嫌が悪かった。いつもならば、「じゃあ後で良いよ」と大人しく引き下がるところを、何故か唇を尖らせて「トキヤのケチ」と言って部屋を出て行った。
 そうして、真斗にトキヤの悪口を言いながらこの絵を描いたのだろう。その姿が簡単に想像出来て、溜息が出た。
「ふうん。とにかくそれ、イッキに返してやってくれよ。探してると可哀想だからな」
「なぁ、あんまり音也のこと怒るなよ、トキヤ。きっと悪気は無かったんだって」
やっと笑いが収まったらしい翔が、少し気遣わしげな声を出した。
 悪気が無くてこんな絵を描くのかと思ったが、トキヤは溜息を吐くに留めて、答案用紙を楽譜の間に挟んだ。
「二人とも、ご親切にありがとうございます」
怒りを抑えた低い声で礼を言い、レッスンルームを出る。
 寮は広い。レッスンルームから自分達が暮らす部屋までは十分ほど歩かなければならない。ふつふつと湧き上がってくる怒りに歩調が荒くなる。いつもの半分の時間で部屋に辿り着くと、音也が既に戻っていて、ベッドの下を覗き込んでいた。トキヤに気付き慌てたように立ち上がる。トキヤは溜めていた息を吐き出すと、表情を和らげた。
「お、おかえり、トキヤ。早かったんだね。もうレッスン終わったの?」
「只今戻りました。…何か探していたのならば手伝いましょうか?」
音也の慌てぶりに探しているものが例の答案用紙だと分かったが、敢えてそう訊いてやった。
「え、ううん、大丈夫。大したものじゃないんだ」
音也はそう言って手を振ると、あははとわざとらしく笑ってベッドに腰掛けた。その視線が部屋をさまよっているのを見て、トキヤは手に持った楽譜をちらりと見た。
 いつもならば、部屋に戻った途端トキヤに纏わりついて離れず、一日にあったことを訊いてもいないのに勝手に話してくる音也だ。さすがにあの答案用紙を誰かに見られたらまずいとは思っているのだろう。
 鞄を椅子に置き、楽譜を持ってダイニングテーブルへ置いた。キッチンでコーヒーメーカーの電源を点けて、フィルターに豆をセットする。
「…音也、昨日勉強を教えて欲しいと言っていたでしょう。今日は時間があります。プリントを持ってきなさい」
肩越しに振り向いたトキヤに、音也がぎこちなく立ち上がって近寄ってきた。
「えーと…あれ、もう良いんだ。マサに教えてもらったから。…あのさ、ケチなんて言ってごめんね」
「それは良いのですが…聖川さんも忙しいのですから、あまりご迷惑をお掛けしてはいけませんよ」
なるべく優しく、そう言ってやる。音也はホッとしたように「はーい」と明るい返事をして、それから急に「あっ」と大きな声を上げ、手を打った。
 やっと、真斗の部屋に答案用紙を忘れたかも知れないという考えに思い当たったのだろう。
「俺、ちょっとマサのところ行ってくるっ」
そう言うや否や、音也は慌しく部屋を飛び出して行った。バタンと閉まったドアに溜息を吐いて、コーヒーを落とした。
 その間に楽譜の間から取り出した答案用紙をテーブルの上に置いておく。いつも音也が座る椅子の前に、裏を向けて。
 その時、ふと用紙の片隅に、中途半端に消された小さな文字を見つけて、トキヤは笑った。
 汚い字で、「好きです」と書かれていた。
 音也の気持ちなのか…それとも、トキヤがそう告げたのを思い出して書いたのか…。
 全く…。
 コポコポという柔らかな音と、香ばしい匂いが部屋に広がっていく。そのコーヒーが全て落ち終わる前に、騒々しい音を立てて音也が部屋に戻ってきた。転げるようにして部屋の中に入ってくると、テーブルの上の答案用紙を見つけ、「ひ、ひどいよぉ」と情けない声を上げる。
 レンからトキヤに渡したとでも聞いたのだろう。どれだけ焦って帰ってきたのだろうか。頬が上気して、赤くなっている。
「どちらがひどいんですか。こんな絵を描いて」
答案用紙を持ち上げ、訊いてやる。音也はうっと言葉に詰まると、トキヤの手から答案用紙を奪って背中へ隠した。トキヤはその腕を掴み答案用紙を取り上げ、四つ折りにして胸ポケットへ仕舞った。
「これは、私が預かっておきます。良いですね?」
「えー…そんなぁ…」
困ったように下がった眉。どうにか取り返そうと伸ばしてくる手を避け、トキヤは少し首を傾げた。
「他に何か、言うべきことはありませんか、音也?」
そう促してやると、音也は尖らせた唇で「ごめんなさい」と言った。それがあまりにも子供っぽかったので、トキヤは溜息を吐いて笑い、「仕方ありませんね」と囁いて、音也の頬にそっと口付けた。


(2012年09月23日)
作品名:答案用紙の裏 作家名:aocrot