夜半の月
起き上がり、ベッドサイドの明かりを点ける。
「音也…起きていたんですか」
オレンジ色の柔らかな光の中、部屋に入ってきたトキヤが少し驚いたような顔をしたので、笑う。
「おかえり。どうだった?宮崎だっけ」
「ええ、とても良い場所でしたよ」
トキヤは言いながらキッチンへ行き冷蔵庫を開けた。冷蔵庫から漏れる明かりがぼんやりと床を照らしている。その明かりを辿るように音也はトキヤの傍へ行った。
「お土産…?」
期待して訊けば、「ええ」と少し素っ気無い返事が戻ってきた。
「マンゴーを買ってきましたので、朝食べなさい。それから明日の夕食はこの地鶏の味噌漬けを焼いて…」
「マンゴーってどうやって食べるの?俺、初めて食べるよ」
「二つに切って、種を除けば食べられますよ」
冷蔵庫の扉をパタンと閉じ振り向いたトキヤを視線が合う。
自分はきっと物欲しそうな目をしていただろう。
口付けを期待して音也が目を閉じると、ふと笑う気配がした。ゆっくりと重なってきた唇。のど飴でも舐めていたのか、舌を絡めるとミントの味がした。
「ん…、…」
背中が壁に当たる。息苦しくなって顔を逸らし俯いた音也の前髪を掻き分けたトキヤが額にもキスをくれた。ちゅ、と音を立て皮膚を吸われ、それだけで頬が熱くなる。二日ぶりにあって柄にも無く照れてしまった。
離れていこうとするトキヤのシャツを思わず掴む。そんな音也の手をトキヤが握り、手を引かれベッドへと連れて行かれた。トキヤは音也をベッドへ横たえると、まるで子供にするように音也の髪を撫でた。
「…もう行っちゃうの?」
「着替えを取りにきただけなので、すぐに出なければいけません」
そう言って音也の傍を離れ背中を向けたトキヤに、音也はぽつりと、「めぐりあいて、みしやそれともわかぬまに」と呟いた。トキヤがそれを聞いて、おや、というように目を細め音也を振り返る。
「…あなたにしては随分…気の利いた引き止め方をしますね」
驚いたように言われ、音也はうつ伏せになると枕を抱いて笑った。
「最近、マサに百人一首教えてもらってるんだ。結構楽しいんだけど、那月が畳へこませちゃったりして大変でさぁ…」
「そういうことですか」
「トキヤも帰ってきたら一緒にやろう?」
「ええ、そうですね…」
鞄を持ったトキヤが音也のベッドに腰掛け、髪に触れた。その指を掴んで、「早く帰ってきてよ」と強請れば、トキヤは笑って音也の耳朶に唇を付けた。
「トキヤがいないと寂しいよ…」
「…雲はすぐに晴れますよ。音也、あなたが願えば…きっと…」
おやすみなさい、という囁き声と共に、指が離れていく。優しく目尻を撫でられ、音也は目を閉じた。
明日の夜は雲が晴れて、綺麗な月が見れますように…。
* * * * * * * * * * * * * * * *
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
(2012年09月23日)