あたたかい
いつものように目覚まし時計のアラームが鳴ったが、足の爪先から這い上がってくるような寒さに布団から出ることが出来ず、音也はぐずぐずと毛布に包まり続けた。五分後、もう一度アラームが鳴り始める。叩くようにしてそれを止め枕に顔を埋めると、ギッとベッドが揺れた。
「…いい加減、起きたらどうですか」
呆れたような声。頬に触れた冷たい指先に肩を竦め枕から顔を逸らせば、ベッドに腰掛けたトキヤが音也を見下ろしていた。
寒い日のトキヤはいつもより少し、優しい。
「だって、寒くて布団から出たくない」
そう我侭を言ってみると、トキヤは溜息を吐いて身を屈め、音也の旋毛に唇を押し付けた。毛布ごと音也を抱き締めた腕に起こされ、音也は仕方なくベッドの上で膝を抱えた。
「朝食の前に顔を洗ってきなさい。ひどい寝癖ですよ」
トキヤは音也の顔を見て言うと、ベッドを離れていった。そのままキッチンへ行ってしまう後姿を見ながら、ベッドを下りて洗面所へ向かった。お湯で顔を洗って、うがいをしてから鏡を覗きこむと確かにすごい寝癖で、髪が方々に散らばっているのを手櫛で押さえつけて直す。前髪を摘んで引っ張ってみると、結構伸びていた。
またレンに切ってもらおう。
そういったことには気が利く友人の顔を思い浮かべながら洗面所を出た。ダイニングテーブルの足元にセラミックファンヒーターが置いてあり、音也の椅子のあたりに温風を送り出している。それを見て嬉しくなりながら、キッチンへ向かった。
トキヤは生真面目な表情でトマトを等間隔にスライスしていたが、音也の気配に気付き包丁を下ろして振り向いた。
「ベーコンとハム、どちらにしますか」
「うーんと、ベーコンにしようかな。トキヤは?」
冷蔵庫を開けて訊くと、「あなたと同じもので」と言われたので、ベーコンと卵を取り出して渡した。
指先に触れたトキヤの手が冷たかった。
そういえば起こしてくれた時も、トキヤの指、冷たかったっけ…。
「すぐに出来ますからテーブルで待っていなさい。ああ、自分の飲み物だけ持っていって…」
受け取ったベーコンと卵を置きながら言ったトキヤの背中に、音也は抱きついた。腹に手を回しぎゅっとすると、トキヤは不思議に思ったようだった。
「…音也?」
気遣うような声を出されてしまい、笑った。
トキヤは、本当に優しい。優しくて、切なくなるくらいに。
俺のことなんか、そんなに大切にしてくれなくて良いのに。
「大好きだよ」
背中から告げると、トキヤの手が音也の手を上から包むように握った。
「嫌な夢でも見たんですか?」
「ううん。ただ、言いたくなったから」
そう言ってトキヤの肩に顔を埋めた音也に、トキヤは呆れたように溜息を吐いて、それから小さく笑った。
「あなたの手は、あたたかいですね…」
(20121205)