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少し早い夕食を終え食後のコーヒーを作っていると、音也が帰ってきた。
 今日は一日休みだったので、音也は自分が育った施設へ行ってくると言って出かけた。
 夕飯は食べてくるから良いよ、と誘ってもいないのにそう断られて釈然としない思いで「そうですか」と頷いたのが昼前、それから七時間ほどが経っていた。
「トキヤ、ただいまっ」
必要以上に大きな声で音也が告げる声が部屋に響き渡る。バタンとドアが閉まる音の後、靴を払い落とす音、壁にぶつかる音が聞こえて溜息を吐いたところで、部屋に音也が飛び込んでくる。
 今日はいつも以上に騒々しい…。
「音也、もう少し静かに」
「あ、もしかしてコーヒー?」
注意したトキヤの声を遮って、音也が驚いたような声を上げる。
「…ええ、あなたも飲みますか?」
トキヤが食後にコーヒーを飲むことは珍しくない。それなのに何故そんな声を出したのかと思いながら音也を振り向いて、トキヤは眉を寄せた。
 音也の手にぶらさがった大きなビニール袋。それは駅前のドーナツショップのもので、中にドーナツが十個は入りそうな細長い箱が入っていた。音也がえへへと笑って手を振う度漂う甘い匂い。
「…なんですか、それは」
「ドーナツ」
「そんなこと見れば分かります」
「トキヤがなんですかって訊いたんじゃん」
揚げ足を取って笑う顔を睨み、「あなたにも分かるように言い方を変えます」と告げる。
「そんな大量にドーナツを買ってきて、どうするつもりなんですか?」
「俺と、トキヤで」
そう言って人差し指で自分とトキヤの顔を交互に指差した音也と正面で向き合い、腕を組んで聞こえよがしに溜息を吐いてやる。
「私はドーナツは食べません。あなた一人で食べなさい」
「そんなぁ…無理だよ。こんなに食べれないよ。一緒に食べよう?コーヒーにも合うよ。ちょうど良かったじゃん」
「食べません。あなたはドーナツがどれだけ高カロリーか分かっているんですか?だいたい食べられないのならば何故買ってきたのか、理解に苦しみますね」
「だってさ、キャンペーンで半額になってたし、全部美味しそうで選べなかったんだもん」
悪戯を叱られた子供のような顔をして言った音也に、トキヤはキッチンボードから出した皿を二枚渡した。何を思ったのか、音也の表情がぱっと明るくなったのを見て呆れながら、
「四ノ宮さんは確か甘いものが好きでしたね。翔と四ノ宮さんにはふたつずつ差し上げたら良いでしょう。レンと聖川さんにはひとつずつで充分でしょうね」
そう言って、音也の手からドーナツショップの袋を取り上げる。
 箱を開けると、チョコレートやココナッツのまぶされたドーナツが詰まっていた。全て違う種類で、中から生クリームがはみ出しているものもあり、見て匂いを嗅いでいるだけで胸焼けしそうになる。
 トキヤは箱の中から音也に自分が食べたいドーナツをいくつか選ばせ、残りを適当に皿へ分けた。各々の部屋に配るよう、ドーナツの上からふわりとラップをかける。
「せっかく買ってきたのに…」
中身の少なくなってしまった箱を見て、音也が悲しげな声を出した。
「きっと皆さん、喜んでくれますよ」
「俺はトキヤに食べて欲しかったんだよ」
拗ねたようにそう言って、音也はぎゅっと唇を結び黙った。
 珍しく不機嫌になっているような様子に、溜息を吐く。
「その気持ちだけで充分です。…手を洗って、うがいをしてきなさい。ドーナツを配るのは後でも良いでしょう」
宥めるように口付け、音也の背を押して洗面所へ促す。音也は黙ったまま洗面所へ入って行った。
 洗面所から聞こえてきた水音を聞きながら、トキヤはシンクの収納からミルクパンを取り出し水で洗った。
 音也は何か不満があればそれを隠すようなことはしない。あれは、機嫌を損ねているというよりは…。
 音也の表情を思い出し、トキヤはふとある考えに思い至った。
 ホームシック…。
 戻ってきた時、いつもより騒々しくしていたのも寂しさを紛らわせるためだと思えば納得がいく。ドーナツを必要以上に買いこんできたのも…。
 施設ではどんな話をしたのだろう。仲間にあって、楽しい時間を過ごし、ここへ帰ってくる間に何を考えたのだろうか。寂しいと思ったのだろうか。
 表面に見えているよりもずっと、音也の内面が複雑なのは分かっているつもりだった。
 全く…素直に寂しいと言えば良いものを。
 トキヤは溜息を吐いて、ポケットから取り出した携帯で、翔とレンに一通のメールを打った。
 洗面所からはまだ水音が聞こえている。顔でも洗っているのだろう。洗面台を水だらけにしていなければ良いが…。
 そんなことを考えながら、ミルクパンにたっぷりと注いだ牛乳に紅茶の茶葉を入れ煮出した。そこへ蜂蜜を入れて掻き混ぜる。それを弱火で温めていると、部屋の戸がノックされた。
「音也、出てください。私は今手が離せません」
誰が来たのかは分かっていたが、洗面所へ向かい言った。音也が出てきて入り口へ向かう。やはり顔を洗っていたようだ。音也の前髪からぽたぽたと垂れる水滴がフローリングに落ちるのを見て、また溜息が出る。
 音也が「はーい」と応えてドアを開けた瞬間、「お招きありがとうございます」と那月の声がした。それから、「お前、早く入れよ」と翔の声。「夜分にすまないな」と真斗の声がして、「おいおい、七時半って夜分か?」とレンの声が続いた。一瞬で部屋の中が賑やかになる。
「え、みんなどうしたの?」
音也が慌てたような声を上げるのが聞こえて、トキヤはふと笑った。
「配るより食べに来て頂いた方が早いと思って、お招きしたんですよ。あなたも一人で食べるよりは良いでしょう」
説明をしながら人数分のカップを出し、音也と那月のカップには甘い紅茶を入れ、他の四つのカップにはコーヒーを注いだ。
 真斗がそれをテーブルに運んでくれる間に、音也にドーナツを全て大きな皿へ移すように言った。音也はキッチンボードから一番大きな皿を取り出してトキヤの隣に並ぶと、その中へドーナツを並べながら、「ありがとう、トキヤ」と笑った。
 いつもは少々鬱陶しいようなその笑顔が、ひどく愛しいものに見えて、トキヤは音也の頬へそっと触れた。音也がくすぐったそうに首を傾げて目を細めた。
「大好きだよ」
溜息のような声でそう囁いて。
作品名:untitled 作家名:aocrot