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たまにはこんな

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誕生日の夕方、トキヤの携帯に、音也から「早く帰ってきてね」とまるで新婚夫婦のようなメールが送られてきた。語尾には丁寧にハートが飛んでいる。
 どうせ何か企んでいるのだろう。
 一瞬帰るのを躊躇ったが、きっと主のいぬ間に好きなようにされているだろう部屋を想像して、足を早めた。
 壁に落書きをされるくらいならばまだ良い。消させれば良いのだから。怖いのは家具を破壊されることだ。
 ある程度覚悟を決め、急いで家に戻り部屋の戸を慎重に開ける。
 扉の向こうは薄暗い。そこに想像していたような喧騒は無く、家の中はしんとしていた。
 玄関にぽつりと赤い花弁が落ちている。それはぽつぽつと間隔を開けて、部屋の方へ続いているようだった。トキヤが一枚、一枚花弁を拾い集めながら部屋へ行くと、音也が一人待っていた。
 花弁の道しるべはベッドへ続いていて、ベッドの上には色とりどりの花弁が散りばられていた。その中央へ描かれた赤いハートの中へ、青い小さな花弁で書かれた「Happy birthday」の文字。
「お誕生日おめでとう、トキヤ」
音也がにこりと笑って、言った。
 音也にしては随分とささやかなサプライズを用意したものだ。花弁を片付けるのが面倒だが、毎年の大騒ぎよりはこちらの方が余程良い。
「ありがとうございます」
トキヤは礼を言い、手招かれるまま音也の元へ行った。
 他にも何か用意しているのだろうか。
 そう思いながら音也の前へ立つと、音也が両手を広げた。
「プレゼントは……俺だよ」
もったいぶったように何を言うのかと思えば、そんなことを言ったので呆れる。
「…何を言ってるんですか、馬鹿馬鹿しい」
溜息を吐いて、手を洗うために洗面所へ向かった。
 いつもは開け放しているドアが中途半端に閉まっているのに気付き、不思議に思いながらドアノブを引くと、洗面所の中に、翔、那月、レン、真斗が隠れていた。翔の手にカメラが握り締められているのを見て、一瞬で企みを理解した。
「…………」
「よ、よお、トキヤ」
視線が合うと強張った声でそう挨拶した翔の目の前で扉を押した。バタンと音を立て閉めた扉に、トキヤは全体重を乗せて寄りかかった。
 ガチャガチャとドアノブが回る。けたたましく扉を叩きながら「おい、出せ」と喚く翔の声。レンと真斗は諦めているのだろう。声も聞こえてこない。那月はこの状況を楽しんでいるのか笑っていた。
「…音也、こちらへ来なさい」
洗面所の中のことは無視して、腕組みをし音也を呼んだ。怒られることが分かっているからだろう。音也はそろそろと近寄ってくると、上目遣いにトキヤを見た。
「私が何を言いたいか、分かりますね?」
「ごめん。俺は嫌だって言ったんだけど、翔とレンが絶対トキヤのデレ顔撮るって言うから仕方なく」
申し訳無さそうに言うが、扉の向こうから「あっ、音也、この裏切り者っ」と翔の声がして、嘘だと分かる。
 どうせ音也も乗り気で計画を立てたのだろう。あの真斗まで加担しているのだから、どれだけ前から計画されていたのか分かろうというものだ。
「…子供じゃないのですから、人の所為にするのはやめなさい」
トキヤがそう叱ると、音也は拗ねたように小さく唇を突き出した。その顔も、子供ぽいから止めなさいといつも言ってるのに直らない。
「全く…あなたという人は毎度毎度下らないことばかり」
溜息を吐いたトキヤに、音也が肩を竦める。
「…怒った?」
恐々と訊かれて、もう一度長い溜息を吐いた。
 洗面所の中から那月の笑い声と、翔の悲鳴が聞こえてくる。その声に少し焦ったように、音也がトキヤの腕に縋った。
「そろそろ出してあげようよ。みんな、トキヤの誕生日祝うために集まってくれたんだよ。お誕生日の料理もあるし、ケーキもあるんだから。それに、ベッドは俺が一人で用意したんだ。トキヤ、ああいうの好きでしょ?」
甘えるようにトキヤの唇に顔を寄せてくる音也に、仕方なく口付ける。キスが終わると、音也がホッとしたように溜息を吐いたので、呆れた。これで許されたと思っているのだろうその顔を見つめ、
「良く覚悟をしておきなさい、音也」
と告げる。
「え」
「今夜は簡単には寝かせませんよ」
音也の耳朶に口付け、囁いた。音也はサッと肌を薄紅に染めながら「いいよ」と呟いて、トキヤの笑みを誘った。
「まぁ…たまにはこんな日も悪くないかも知れませんね…」

(20120806)
作品名:たまにはこんな 作家名:aocrot