You're my only shining star
「…ただいま戻りました」
まだ起きているのかと思い、そう声を掛けながら部屋に入ると、トキヤのベッドへ音也が顔を伏せるようにして寄りかかり寝ていた。
放り出されたハサミと、色とりどりの色紙。飲み終えたミネラルウォーターの瓶に挿された、小さな笹の枝。
ああ、そういえば…。
壁に掛けられたカレンダーを見る。音也が書いた歪な星の印を汚いと叱ったはずなのに、すっかり忘れていた。
昨日、音也が短冊を持ってきた時は収録の台本を読んでいたので後にして下さいとあしらい、朝も音也が起きる前に出てしまったので話をしていなかった。
何時に帰ってくる?
そう入っていたメールには、分かりませんから先に休んで下さいと返信をした。最近は聞き分けが良く、その一度であっさりと引き下がる音也が、早く帰ってきてと二度もメールをしてきた。
「………」
時計は二時を回り、とっくに七夕は終わってしまっている。
事務所の先輩で、二人と同室の嶺二も海外ロケで一昨日から留守にしているので、音也はずっと一人でいたのだろう。
バッグを置いて音也の傍へ膝をついた。音也の手の下にあった青い短冊を取り上げて見ると、大きな字で「トキヤが早く帰ってきますように」と書かれていて、溜息が出た。
「…音也、寝るならちゃんと布団に入って寝なさい。風邪を引きますよ」
声を掛け、音也の明るい色の髪を撫でた。最近整えたばかりの髪は毛先が思い思いの方向へ跳ねている。頬にかかった髪を撫で付けてやると、音也が目を覚ました。うっすらと開いた目を二度、三度瞬かせて、そのうちにトキヤを見つけると、涙に潤んだ目をぎゅっと細め笑った。
「…すごい」
寝起きの掠れた声でそんなことを言うので「何がですか」と訊いてやる。音也はベッドに頬を押し付けて、「トキヤがいる」と言う。
「願いが叶った」
「……もう、二時ですよ。七夕は終わっています」
音也が一緒に過ごしたいと思った時を一緒に過ごせなかったもどかしさから、言葉が素っ気無くなった。
「それでも、トキヤがちゃんと俺の傍にいるじゃん」
音也はそう言って、トキヤの肩に腕を回して抱きついてきた。温かなその体を腕の中へ抱き寄せる。ふと音也が溜息を吐いた音が耳を擽った。
顔を上げさせ、口付ける。
思えばこうして二人きりになるのも久しぶりだった。
「…他に願い事はありませんか」
涙の滲んだ目尻を指で拭い、そう問い掛けた。音也が良いの?と言うように目を開いた。
「今夜は特別ですよ」
小さく笑ってそう言ったトキヤに、音也が嬉しそうに唇を綻ばせた。
「朝まで一緒にいて」
抱き締めて、キスをして。目が覚めた時に、手を繋いでいて。
「それが俺の願いだよ、トキヤ」
「あなたは案外、欲が無いですね」
「そう…?」
不思議そうに尖った唇に、唇を重ねる。音也がそっと目を閉じた。
まずは数え切れないほどのキスを。それから、数え切れないほどの愛を囁こう。手を繋いで、星空のように輝く君の瞳を見つめて。
(20120707)
作品名:You're my only shining star 作家名:aocrot