Happy Merry Xmas
「ただいま、トキヤ」
自分の部屋でもないのにそう言って入ってくる音也を仕方なく招き入れ、「羽根つきは終わったんですか」と訊くと、「面白かったよ」と音也は笑った。音也はひんやりとした空気を上着と共に脱ぎ去ると、ソファに上着を置いた。
「羽子板が見つからなくてさ、ホームセンターまで行っちゃった。嶺ちゃんが買ってくれたんだ」
「それは良かったですね」
相変わらず嶺二にべったりな恋人に、肩を竦める。こちらの微かな不機嫌さには気付かず、音也はセシルとした羽根つきの様子を事細かに説明しながら勝手知ったるとばかりに部屋に中へ進んでいき、注意される前に洗面所へ向かった。鼻歌混じりに手を洗い、その後歌が途切れてうがいをする音が聞こえてくる。タオルで手を拭きながら出てきた音也が抱きついてきたので、腕の中に抱き留めた。
いつもならば素っ気無く離すところだが、今日くらいは甘やかしても良いだろう。
「…私のところへ来たことをツイートしないように」
ふと思ったことを注意すると、肩に顔を埋めていた音也が顔を上げた。鼻先がぶつかり、自然に唇を重ねた。
「なんで」
キスが終わり、音也が不思議そうな顔をする。
「あまり、好ましくないからです」
音也の性格でははしゃいだ挙句、妙なことをツイートしかねない。二人の仲は当然周囲には秘密であったし、それに関して勘繰られるようなネタを提供するような事は避けたかった。
音也は言葉の意味をどう取ったのか、寂しそうな顔をする。
ふと、昨夜、音也が嶺二と交わしていた会話を思い出した。あの時、自分はまだ起きていて、なかなか寝ようとしない音也のツイートを呆れながら眺めていた。
ツイッターという公共の場で、音也が見せた弱さ。それに気付いてフォローをしてみせた嶺二。
寝ると言った手前、そこへ流れていく二人の会話をただ眺めているしかなかった自分。
ツイッターを離れた音也からメールが来たが返さなかったのは、黙って見ていた自分を知られたくなかったからだ。
もう一度音也にキスをしてから、その体を腕の中から離した。
「夕方に翔と約束してるからさ、それまでここにいても良い?」
「ええ。読書の邪魔をしないのならば」
「もちろん」
音也が勢い良くベッドに座る。その所為で置いてあった本が弾み落ちそうになったのを掬い上げ、音也の隣に座った。それを待っていたように膝に寝転んできた音也に呆れる。
「重いですよ、音也」
「良いじゃん。クリスマスなんだし。ちょっとはイチャイチャしようよ」
音也はそう言ってポケットから取り出した携帯を向けてきた。カシャッと作り物の音が鳴り、音也が笑う。写真を撮ったのだろう。
「ツイッターに上げないで下さいよ」
「しないしない。これは俺へのプレゼントだもん」
音也へのクリスマスプレゼントならば用意してある。けれど、音也が幸せそうに笑って言うので、それはまだ内緒にしたまま、音也の髪を撫でた。
音也はそのまま携帯を弄り始め、時々笑いながら皆の現状をトキヤに報告してくる。それに適当に相槌を打ちながら本を読み進めていると、急に音也が「あっ」と大きな声を上げた。
「…なんですか」
「トキヤ、なんかセシルが大変なことになっちゃったみたい」
「は?どういうことです」
「わかんない」
音也が差し出してきた携帯の画面を見ると「エマージェンシー」の文字。セシルが呟いたものだが、これでは何が起こっているのか全く分からない。溜息を吐いて、自分の携帯を引き寄せ、セシルにリプライを送った。返事はすぐに戻ってきた。
「どうやらパソコンに不具合があったようですね」
そう説明しながら、膝に乗っていた音也の頭を退かし起こさせる。
「何やっちゃったんだろ、セシルの奴」
音也は呆れたような顔をして言うと、携帯の画面を見ながら立ち上がった。
「少し様子を見てきます」
「うん。俺も行くよ」
「いえ、私とあなたは一緒にいることになっていませんので、あなたはここで適当に時間を潰していくか、部屋に戻っていなさい。鍵は持っていますね?」
「うん…」
不満げに頷いた音也の顔を上げさせ、触れるだけのキスをする。キスが終わると音也は拗ねたように黙ってしまい、背中からベッドへ倒れこんだ。
音也を残して部屋を出て、セシルの部屋に向かう途中で、ツイッターのタイムラインをチェックした。音也からのリプライがあった。
『いってらっしゃーい!』
どんな顔をしてこれを打ったのだろう。あの拗ねた顔のままで打ったのだろうか。不機嫌になりながら、それでも音也なりに気を遣ったのだろう。
ふと笑って、トキヤは携帯の画面を落としてポケットへ仕舞い込んだ。
夜には音也や翔が中心になって企画したクリスマスパーティーがある。それが終われば二人きりになれる時間があるだろう。
プレゼントを渡したら、どんな顔をするだろうか…。
頭の中にある、拗ねて少し寂しそうな音也の表情が、明るい笑顔に変わる瞬間を思い浮かべ胸がじわりと温かくなる。こみ上げてきた愛しさに、トキヤはそっと溜息を吐いて目を閉じた。
(2012/12/24のツイッター企画においてトキヤと音也の空白の時間を勝手に補足。皆様、一日ツイッター警備お疲れ様でした。)
作品名:Happy Merry Xmas 作家名:aocrot