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I'm in Love with you.

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細長いステンドグラスから柔らかな日が、石造りの床へ伸びている。それ自体がまるで美術館のような華美な図書館には世界の蔵書が揃っている。中には普通の図書館では到底手に入れられないような貴重な書物もあり、開架にあるものは学生達が自由に閲覧出来る様になっていた。
 書物の背表紙に視線を辿らせながら、長く続く書棚の間を歩いていく。棚番号はアルファベットと数字の組み合わせになっている。事前にパソコンで検索した棚を、探して歩くがなかなか見つけ出すことが出来ない。その内に、いつか読んでみようと思っていたタイトルを見つけ、トキヤは足を止めた。片手でやっと掴めるような厚みのそれを抜き出す。古い布製の表紙に金色の糸でタイトルが刺繍してある。左手にそっと置き、表紙を捲ったところで、カタと小さな音が書棚から鳴った。どうやら自分が本を引き抜いた辺りから聞こえているようだと棚を覗き込むと、向こう側に見える本がゆっくりと引き抜かれていき、誰かの手が見えた。
「…音也」
すぐにそれが音也だと分かったのは、親指の付け根にある切り傷の所為だった。
 昨日の夜、音也は林檎を剥こうとして親指の付け根を包丁で傷付けた。傷自体は浅かったが、見た目よりも大袈裟に血が出てびっくりした音也が、トキヤのいた浴室に飛び込んできたので、良く覚えている。ギターが弾けなくなっちゃうと泣きそうになっていたので、これくらい大丈夫ですと言って口付け宥めた。タオルで押さえると血はすぐに止まった。良かったと言って、心底安心したらしい音也が一粒だけ零した涙が愛しかった。
 林檎は結局、トキヤが剥いた。音也に強請られて半分はウサギにしてやった。
 ぽかりと穴の開いた書棚の向こうに音也が顔を覗かせる。
「すごい、トキヤ。どうして俺だって分かったの?」
大きな声を上げたので、人差し指を唇に当て「し」と言ったトキヤに、音也が肩を竦める。
 周囲には誰もいないが、囁き声で話しても天井が高い場所では響いてしまう。
「驚かそうと思ったのに」
内緒話をするように、音也が書棚に顔を寄せてきて言った。
「…あなたが図書館にいるなんて、珍しいですね」
「レポート書くのに本を借りようと思ってさ。マサと来たんだけどはぐれちゃって探してたら、トキヤの姿が見えたから。足音立てないようにするの難しかったよ」
そう言って床を軽く蹴ったのだろう。カツンと踵が石を踏む音が小さく響いた。
「トキヤ」
「なんです」
「今日は会うの初めてだよね」
そう言われて、そういえば朝もトキヤの方が早く部屋を出てしまったし、ランチタイムも音也に会わなかったことに気付く。部屋に戻れば音也がいるのが当たり前になってしまったので、外で姿を探す方が珍しくなっていた。
「…そういえば、そうでしたね」
「気付いてなかったの」
音也が不満げな声を出す。そうして穴から顔を逸らすと、今度は手を差し出してきた。書物の間から音也の手がぬっと出てくる。傍から見たら奇妙な光景だろう。書棚の向こうで音也が必死に腕を伸ばしているのだろうと思うとなんだか間抜けで、トキヤは呆れながらその手を握った。指が絡んで、音也が笑う気配がした。
 指を解いて手の平を広げさせる。傷口は殆ど塞がっていたが、赤く残っていて痛々しい。利き手でなくて本当に良かったと思いながら指先で傷をなぞった。それがくすぐったかったのだろう。音也が指を折ってトキヤの手を掴まえる。
 小さな子供のじゃれ合いのような駆け引きをしていると、誰かの足音が聞こえてきた。そっと音也の手を離す。手が引っ込んでいき、穴を覗き込むと音也の瞳が見えた。
「マサが来た」
そう言って笑って、目を瞬かせる。ウィンクをしたのだろうが、片目しか見えないので分からなかった。
「音也」
「うん?」
「今日は早く戻ってきなさい。一緒に夕食をとりましょう」
トキヤの言葉に、音也が目を丸くする。そうしてから、その目をぎゅっと細めて笑い「了解」と言って、ぽかりと空いた穴を書物で埋めた。
 書棚の向こうで「誰と話してたんだ?」と聖川の声がする。音也は「ひとりごと」と言って誤魔化した。
「それより本は見つかった?」
「ああ、奥の棚にあった」
「良かった。図書館も広すぎて迷っちゃうよね」
二人の話し声と足音が遠ざかっていく。
 音也の遊びに付き合って押し殺していた息を吐き出し、トキヤは溜息交じりに笑った。指先にはまだ音也の手の温もりが残っている。
 持っていた本を棚に戻し、背表紙を手の平でなぞった。
 これはまた次の機会に読むことにしよう。
 離れてしまっても、この場所を忘れることはないだろうと溜息を吐く。書棚の前を離れ、探し物の続きを再開する。
 きっと音也は期待をして戻ってくるだろうから、今日はカレーを作ってやろうか。サラダに小さく刻んだピーマンと、林檎のウサギを入れて。
 一喜一憂する音也の表情を思い浮かべると自然と緩んでくる唇を固く結んで、トキヤは書棚の間をゆっくりと進んだ。

(120320)
作品名:I'm in Love with you. 作家名:aocrot