Like a cat.
「只今戻りました」
そう声を掛け、部屋に入った途端、「じゃーん」という軽薄な掛け声と共に音也が目の前に飛び出してくる。
「何をやっているんです、か…」
絡み付いてくる腕を素っ気無く払いながら呆れて音也の顔を見て、トキヤは言葉を途切れさせた。音也の、明るい色の髪に、柔らかな三角形の白い耳が付いていた。
「どうどう、似合う?那月にもらったんだ。猫耳」
音也は上機嫌にそう言うと、トキヤに耳が良く見えるように頭をひょこりと下げた。ふわりと揺れた髪の間から見える銀色の金属。どうやら作りものの猫の耳はヘアピンで留めてある様子だった。
女性がやれば妖しげにもなろうその姿だが、何せ音也がしているので、それこそペットでも見ているような気分になって、トキヤは溜息を吐くと音也の額を叩いた。
「何を下らないことをやってるんですか、あなたは」
そう言って音也の体を押し退け、部屋に入り鞄を置いた。ジャケットをハンガーに掛け、ネクタイを解く。トキヤの後を付いてきた音也が「ちぇっ」と舌打ちをして、トキヤのベッドに勢い良く寝転んだ。
「人のベッドに勝手に寝ないで下さい」
「トキヤのケチ。いけず。真面目ぶりっこ」
拗ねたようにそう文句を言って、ごろりと寝返りを打ちトキヤに背を向ける。どうやら起きる気はないようで、猫のように背中を丸めてベッドの端に寄っていく体を、腕を掴んで引きとめた。期待に瞳を輝かせてトキヤを振り返る音也に呆れ、「寝るなら自分のベッドにいきなさい」と告げれば、「もう、なんだよ」と唇を尖らせて怒る。
「トキヤが喜ぶと思ったのに」
「何故私が喜ばないといけないんですか」
「好きな子に猫耳付けてもらうのってロマンティックですよねって那月が言ったから。それに今日は猫の日だからさ、猫になってあげようと思ったのに。トキヤの馬鹿」
俺だって恥ずかしかったのに、と本当にそう思っていたのか怪しい表情で音也が言う。ブーイングはしばらく続き、それがなかなか終わりそうな気配を見せないので、トキヤは溜息を吐いて、ベッドに腰掛けると音也の肩を掴んで引き寄せ口付けた。
「余計な気遣いを有難う御座います。気持ちだけ、頂いておきますよ」
唇を離し、もう煩くならないように音也の唇に人差し指を押し付けてそう言った。音也はにこりと笑って、まるで猫のようにトキヤの指をペロリと舐めると、「にゃー」と鳴いた。それがあまりにも馬鹿馬鹿しくて、そして思いのほか可愛かったので、仕方なく笑う。
「全く…あなたといると予想外のことばかりで、気が休まりませんね」
音也の体を抱き締める。温かな腕がトキヤの背をぎゅっと抱いた。口元に触れた猫の耳にキスをする。触れた感触があるはずもないのに、音也がくすぐったそうに目を細めて笑った。
「あなたのことが好きですよ」
「…にゃん」
(120221)
作品名:Like a cat. 作家名:aocrot