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My everything

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スピーカーからアシュケナージのトロイメライが流れ始める。ゆったりと始まったその調べにトキヤは溜息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。
 脳を休める為のクラシックをかけ、入れたてのコーヒーを味わう。ここ暫く忙しくしていたので、こうしてゆっくりする暇も無かった。
 昨日仕事先で新しく買ってきたコーヒーは、澄んだ味がする。これはあまりコクが無いので、音也のカフェオレには向かないだろう。
 トキヤがコーヒーを飲んでいると「良い匂い」と言って飲みたそうな顔をするくせに、音也はブラックコーヒーが飲めない。呆れるほどの砂糖とミルクを入れてやって、やっと飲めるようになる。温めたミルクでは駄目だ。猫舌なので、よく火傷をする。慌てて飲むなと何度叱っても直らないので、冷たいミルクで熱を冷ましてから渡してやると、音也は「トキヤ優しい」と言って嬉しそうに笑う。
 それから、クッキーやチョコを少量。お茶請けが無いと寂しいよと甘えられて、ついつい用意するようになったそれは、シンクの上の棚に缶に入れて隠してある。音也の身長では手が届かない奥へ仕舞ってあるので、音也はまだその存在に気付いていない。
 甘やかしているという自覚はある。レンや翔に呆れられることもある。
 溜息をひとつ吐いて、コーヒーに映りこんだ自分の影を見つめる。
 いつの間に、音也がいることが当たり前になってしまったのか。あれほど鬱陶しいと思っていた気配にも慣れた。当然のように名前を呼ばれ、子供のような無邪気さで体に触れられることにも。
 音也のいない部屋がこんなにも静かに感じられる。
 トロイメライが終わり、キラキラ星変奏曲が始まる。机の上を鍵盤に見立てて指で奏でていると、部屋の戸が開いて音也が入ってきた。
「ただいまー。疲れた。翔とサッカーしてたらさ…あ、キラキラ星」
バタンと乱暴に扉が閉まる音。音也はカバンをベッドの上に放り投げ、バタバタとトキヤの元へ走ってきた。一瞬にして部屋が喧騒に包まれる。音を絞っていたので、ピアノの音色はあっという間に音也の作り出す音に掻き消されていく。
「何飲んでるの?コーヒー?」
顔を寄せてきて、トキヤのカップを覗き込む音也の髪から、太陽と、乾いた芝生の匂いがした。甘えるように「俺も飲みたい」と強請られて、溜息を吐く。
「今日の豆はカフェオレ向きではないのですが」
「なんだって良いよ。トキヤが淹れてくれるなら」
そう言って音也はにこりと笑った。
 音也に手を洗ってくるように言って、CDを止めて立ち上がる。キッチンへ入り、デキャンタに残っていたコーヒーを音也のカップに半分より少し少なく注いで砂糖を溶かしミルクで薄めた。琥珀色がスプーンで掻き混ぜるたび柔らかく濁っていく。キッチンボードから小皿を取り出して、棚から出したクッキーを三枚並べた。一度、大皿へ適当に出したことがあったが、目を離した隙に音也が全部食べてしまったので、それからは枚数を制限するようにしている。
「入りましたよ」
洗面所へ声を掛け、テーブルに運ぶ。すぐに音也が出てきて、トキヤの向かいの椅子を引いて座った。
「ありがとう、トキヤ。いただきます」
お祈りをするように指を結んでそう言ってから、音也がカップを持ち上げた。一口飲んで、美味しいと唇を綻ばせて笑う。音也の、その日に焼けた頬を見つめ、トキヤは「それで」と話の先を促してやった。
「うん?」
「翔とサッカーをしてたら、どうしたんですか?」
トキヤがそう言うと、音也は顔を輝かせて「それがさぁ」と弾んだ声で話し始めた。
 いつの間にか、音也の声が一番の音楽になってしまった。トロイメライよりもキラキラ星よりも、その他のどんな音楽よりも。音也の唇が奏でる、時折鬱陶しいようで、それでいて甘く柔らかな声が、自分の心の中へ真っ直ぐに届くのだと。
 話に夢中になって上気した頬。真っ直ぐに見つめてくる子供のような瞳に、トキヤは小さく溜息を吐いて密やかに笑った。

(120221)
作品名:My everything 作家名:aocrot