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It's all because of you.

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那月の操る弦が軽やかに踊る。青空に響き渡るその音を聞きながら流れていく雲をぼんやりと見ていると、ポケットの中で携帯電話が震えた。取り出して見れば液晶にトキヤの名前が表示されている。
 トキヤとは朝、下らないことで喧嘩をしていた。何がきっかけだったのか、もう覚えていない。
 トキヤがいつものように嫌味を言い出して、子供っぽいだのだらしないだの、挙句の果てにピーマンのことまでちくちくと言ってきたので、腹が立って言い返して…言い合いになった。音也の話が終わる前に、トキヤが話になりませんねと言って先に部屋を出て行った。
 それからトキヤとは一度も言葉を交わしていない。
 廊下で擦れ違った時も、ランチタイムの食堂で会った時も。
 本当はもう昼には怒りなど収まっていた。ただトキヤと仲直りがしたかったのに。
 朝の喧嘩など忘れたふりをして話し掛けようとした音也の前で、トキヤが溜息を吐いた。呆れたような、まだ怒っているようなその響きに話しかけるタイミングを見失ってしまった。
 おかげで午後の授業は散々だった。教師に名指しされ声に出して読んだはずの教科書の内容も全く覚えていない。気付けばトキヤのことばかり考えていたように思う。
 音也は立ち上がり、那月に「トキヤが呼んでるから行くよ」と言って、建物の中へ戻った。等間隔に置かれた柱の間から光の差し込む廊下を急いで、部屋へ向かう。その間も携帯電話は震え続けていたが、音也は出なかった。
 携帯電話は暫く震えた後、しんと静かになった。そうして、短く一度、手の平を震わせた振動に音也はメール画面を開いた。
 さっさと戻ってきなさい。
 素っ気無い、ただその一行だけのメールに足を早める。気持ちが焦って、最後は走り出していた。階段を一段抜かしで駆け上がり、踊り場のカーブで眩暈がしそうになる。
 勢いよく部屋に飛び込むと、開け放った窓の前にトキヤが腕組みをして立っていた。。
「どうして電話に出なかったんですか。四ノ宮さんといたのでしょう。ここまでヴィオラの音が聞こえていましたよ」
怒っているのだろう。いつもよりも声が低い。音也は駆けてきたことですっかり荒くなってしまった呼吸を整えながら「だって」と言った。
「だって、トキヤ怒ってたじゃん」
「もう怒っていません」
「嘘だ。まだ怒ってる。昼だって俺のこと無視したくせに」
「無視なんかしてないでしょう」
「だ、だってトキヤ、溜息吐いたじゃん。すっごい呆れたみたいにさ。だから俺、」
文句を言えば、トキヤがまた呆れたように溜息を吐いた。言葉の続きが出なくなってしまい黙った音也の腕を、トキヤがぐいと引いた。
 いつから窓際にいたのか。トキヤの体はひんやりとした冬の空気を纏っていた。
「あなたが泣きそうな顔をするからです」
全く、と耳を震わせる低い声で呟き、音也を抱き寄せる長い腕。額に押し付けられる唇。目を眇めると、その表情がおかしかったのか、トキヤがふと鼻で笑った。切れ長の涼しげな双眸に見つめられ、胸を躍らせながら目を閉じる。ゆっくりと重なってきた唇は触れるだけですぐに離れていった。それが少し物足りなくて唇を尖らせると、額を叩かれる。
「たっ…」
悲鳴を上げて目を開けてみれば、トキヤは唇の端を上げて笑っていた。
「あんな顔を、あんな場所でされると困ります。まるで私が全部悪いみたいじゃないですか」
「だって…トキヤだからだよ」
「何がですか」
「相手がトキヤだから、あんなに悲しくなったんだ。全部トキヤのせいだよ」
「どういう理屈ですか。…全く、あなたって人は…」
呆れたようなポーズを取っているけれど、トキヤの目が笑っていたので、音也も笑った。
「仲直り、しよう?」
「…仕方ないですね」
そう言って何度目かの溜息を吐いたトキヤの唇に、音也は伸び上がるようにしてキスをした。外からはまだ、那月の奏でるヴィオラの豊かな音色が聴こえていた。
(120216)
作品名:It's all because of you. 作家名:aocrot