Sweet Kisses
「昨日那月と一緒に買ったんだ。那月はチョコレートケーキ作るって言って大量に買い込んでたけど」
「止めなかったんですね」
思わず低くなった声に、音也が「止めたよ、一応」と慌てて反論する。
「でもさぁ、本人やる気になっちゃってるから駄目だったんだよね」
「…今頃翔が発狂しているでしょうね」
溜息を吐いて、音也から受け取ったチョコレートを見つめる。音也が顔を覗きこむようにして「嬉しい?」と訊いてきたので、仕方なく「まぁ」と応えた。音也はそれを聞いて「ふーん、そっか。嬉しいんだ」と笑う。自分の方が余程喜んでいるような顔をして。何かを言えばきっと調子に乗るだろうと思って、黙って見ていたトキヤの唇に、音也が唇を押し当ててくる。柔らかな感触は一度触れて離れ、それからゆっくりとまた重なってきた。猫のようにちらりと覗かせた舌でトキヤの唇の端を舐める。音也の唇からは甘いチョコレートの匂いがした。
「…味見でもしたんですか?」
そう訊くと、「ばれた?」と子供のように笑う。どうやら自分用にも買ってきて、ベッドの中で食べていたらしい。
いつもベッドの上で物を食べるのはやめなさいと叱っているから、きっと叱られると思ったのだろう。肩を竦め上目遣いにトキヤを見上げてくる。怒られる準備をしているのがなんだかおかしくて、仕方なく笑った。
「全く、あなたは…」
良く見れば音也の唇に付いたチョコレートの染みを指で拭ってやる。
「朝食はハムエッグにトーストで良いですね」
「作ってくれるの?やった」
歓声を上げた音也の唇の端を指先で弾いて、チョコレートを持ったままキッチンへ入る。
コーヒーメーカーのスイッチを入れてからふと気付いて、またスイッチを落とした。その代わりに冷蔵庫から取り出した牛乳をミルクパンに注いで火にかける。牛乳が煮立つまでの間に、トースターでパンを焼いて、ハムエッグを作った。焼きあがったパンにバターを塗り、ハムエッグを皿に盛る。千切ったレタスを添えて、テーブルに運んだ。
音也は椅子に座って音楽雑誌を読んでいたが、いそいそとそれを閉じて自分の机に仕舞いに行った。
キッチンに戻るとミルクパンの火を止めて、音也からもらったチョコレートを刻んで煮立った牛乳の中へ入れる。白色の中へ散ったチョコレートが溶け、斑に色を変えていく。チョコレートの欠片が残らないようスプーンで掻き混ぜてからもう一度火を入れて、カップに注いだ。
テーブルにそれを運んでいくと、湯気に乗って漂う甘い匂いに音也が目を輝かせた。
「なになに。すごい良い匂い」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がろうとするので、「危ないですよ」と制して目の前にカップを置いてやる。音也はカップの中身をじっと覗き込み、にこりと笑ってトキヤを見上げた。
「ホットチョコレート」
「正解です。バレンタインですからね」
そう言ってやると、危ないと言ったのに、音也が椅子を蹴って立ち上がり抱きついてきた。自分のカップをテーブルに置いて、音也の体を抱きとめる。笑ったままの唇が噛み付くようにトキヤにキスをする。痛いほどにトキヤの肩を抱く腕。ねだられるままに柔らかな唇を押し潰しながら、トキヤはチョコレートの味のする唇を吸った。ちゅ、と濡れた音を立て唇が離れると、音也が「大好きだよ」と言って目を細めて笑った。
「知ってますよ」
トキヤはそう言って、窓から差し込む光にきらきらと輝く音也の髪をそっと撫でた。
(120212)
作品名:Sweet Kisses 作家名:aocrot