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I don't wanna be right

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しんとした冷気が頬を冷やしていく。布団を肩まで引き上げると、隣にあった熱がもぞりと動いてトキヤの肩へ擦り寄ってきた。触れ合う肌の熱さに、まどろみの中に漂っていた意識を不意に鷲掴みにされたような気がした。
 ああ、そうか…。
 昨夜は後始末をしている間に音也が寝てしまい、仕方なくトキヤのベッドで一緒に寝たのだった。
 シングルのベッドは二人で寝るには少し狭い。いつもならば終わった後も傍にいたがる音也を宥めて、別々に寝る。
 音也と身体を交えるような関係になっても、眠る時に誰かの体温が傍にあることに慣れなかった。いや、慣れたくなかったと言うべきかも知れない。
 きっと、この熱に慣れてしまえば、自分は音也の手を離せなくなるだろう。
 何にも囚われることなく自由でいる音也を好きになったはずなのに、今はそれが少し辛い。
 屈託の無い笑顔が他の誰かに向けられる度、感じる苛立ち。しなやかに跳ね回る身体を抱き締めて拘束し、いっそどこかへ閉じ込めてしまいたい。
 音也を見る時に感じる気持ちが、そんな仄暗さを孕んでいることにトキヤは気付いていた。
 音也を腕に抱く度、増していく想い。
 思い思いの方向へ跳ねた音也の柔らかな髪。額に落ちた前髪を指先で撫でるようにして、掻き分ける。昨日の夜、見つけた小さなにきびに触れた。
 ぽつりと赤くなったそれを音也は全く気にしていなかったが、トキヤがじっと見つめていると急に恥ずかしくなったように手の平で額を隠して「昨日チョコレート食べすぎたかも。…トキヤと違って、あんま綺麗な顔じゃないからそんなに見なくていいよ」と笑った。「馬鹿ですね」と言えば、「どうせ馬鹿だもん」と拗ねた。「そういう意味で言ったのではありません」とトキヤは言った。音也は意味が分からなかったようで、きょとんと丸くした目でトキヤを見上げてきた。「綺麗じゃないから見なくていいなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことを言うのはやめなさい」とそう言って音也の手を退けさせ額に口付けた。音也はそれを聞くと、笑ってトキヤの背を抱いた。
 本当に綺麗なのは自分ではない。音也の方なのだ。
 日に焼けた柔らか髪を撫でる。真っ直ぐにトキヤを見つめてくる澄んだ瞳は今、薄い瞼の下に隠されている。その瞼に唇を押し当てた。それから、微笑むたびにうっすらと上気する柔らかな頬に。少し鼻にかかったような甘い声を出す唇に。
 そっと触れるだけのキスをして唇を離すと、音也がゆっくりと目を開いた。間近に合った瞳が二度、瞬きをして見せる。そうして眉間にぎゅうと皺を作り、「うーん」と唸りながら小さく体を震わせる。
「今、何時…?」
そう言った音也の声は、少し掠れていた。
「まだ五時です。起こしてしまいましたね。すみません」
「………」
謝ったトキヤの顔を、音也がじっと見つめてくる。その視線に、自分の中にあるあの仄暗い感情を見透かされてしまいそうな気がして、さりげなく視線を逸らした。
「あなたはまだ寝ていて良いんですよ」
そう言って音也を残し起きようとしたトキヤの鼻を、音也が指先でぎゅっと摘んだ。驚いて音也を見れば、音也は何故だか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「…どう、したんですか」
顔に触れていた音也の手を掴み、握る。
「トキヤのその顔、嫌いだ」
急にそんなことを言われ、だが自分がどんな顔をしているかなど分からず、トキヤは黙って音也の言葉の続きを待った。
「トキヤさ、終わった後いつも、後悔したような顔してるよ」
「………」
「しなければ良かったって思ってるんじゃないの?…間違ってたって、そう思ってる?」
囁くように言って音也は小さく笑った。その声が震えていることに、トキヤが気付かないはずがないのに。無理矢理作った笑みが痛々しかった。
 ああ、だから…辛いのだ。自分のこの歪んだ想いはきっと、音也から自由を奪う。笑顔を奪ってしまうのだと、そう知っているから。
 熱を知ってしまうのが、怖い。
 何も応えずにいると、音也はすんと鼻を鳴らして乱暴に寝返りを打ち、トキヤに背中を向けた。泣いているのだろう。肩が震えていた。
「音也」
名前を呼んで、丸まった背中を撫で擦る。
「すみませんでした。傷つけたのならば謝ります。私は…」
「俺はっ…」
トキヤの言葉を遮って、振り向いた音也が強張った声を上げた。
「いつもトキヤと一緒にいたいし、少しだって離れたくない。トキヤを好きになったことが間違ってるなら、俺は正しくなんかなりたくないよ…」
泣きながらそう言って、音也はトキヤの首にしがみつくように腕を回し抱きついた。濡れた眦が頬に押し付けられる。音也の手がトキヤの背中に縋る。その熱さに、トキヤはそっと溜息を吐いた。
「…そんなことを言って…私があなたを離せなくなっても良いんですか。いつか、あなたから自由を奪って閉じ込めてしまうかも知れない」
「いいよ…トキヤがそうしたいなら」
嗚咽で引っ繰り返った声でそんなことを言うので、少し笑った。
「馬鹿ですね、あなたは…」
「馬鹿だもん…」
「もう、離せませんよ」
「離さなくていいよ」
そう言って音也は小さく笑った。涙に濡れた頬にそっと唇を押し付ける。音也が顔を傾け目を閉じた。
「私は、あなたのことを愛しています」
熱い耳朶にそう囁いて、トキヤは音也に口付けた。

もしもこの恋が間違いだと言うなら、僕は正しくなんかなくて良い。
作品名:I don't wanna be right 作家名:aocrot