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シュガーポット

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「二人とも、コーヒーで良かった?」
雑誌記事の写真撮影後、インタビューの行われる個室に案内され椅子に座っていたトキヤと音也の前にホットコーヒーが運ばれてきた。インスタントではない、香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる。このビルは一階にコーヒーショップが入っているので、そこで購入されたものだろう。
「ありがとうございます」
トキヤは礼を述べ、隣で同じように礼を述べた音也をちらりと見た。
 音也はトキヤと違い、コーヒーがあまり得意ではない。匂いは好きなようで、トキヤが飲んでいると飲みたがるが、砂糖とミルクをたっぷりと入れてやらないと飲めない。
「どうぞ」
向かいに座った記者が自分のコーヒーに砂糖とミルクを入れ、スプーンで掻き混ぜながら言った。
 音也が自分の前に置かれたスティックシュガー一本と、小さなミルクポーションをコーヒーの中に入れ掻き混ぜる。
 それではきっと、音也には足りないだろう。
 そう思って見ていると、案の定、音也は一口飲んで「苦い」と言った。さすがに声は無かったが、唇の動きと、その後にぺろりと出された赤い舌で分かった。
 小さく溜息を吐き、自分の分の砂糖とミルクを音也の方へ置いてやる。
 記者の目を盗んでさりげなくした行為は、音也が「ありがとう、トキヤ」と大袈裟に喜んだせいで、記者どころか傍にいたカメラマンにまで知れることとなる。
 トキヤはまた溜息を吐いて、額を押さえた。
「二人は本当に仲が良いんだね」
記者が笑いながら言った。
「仲が良いというか…。まぁ、一緒にいることが多いので、面倒はかけられてますね、いつも」
肩を竦めて応えたトキヤに、音也が「えー、ひどいよトキヤ」と情けない声を上げる。
「じゃあ今日はその辺の話も聞かせてもらおうかな」
「ええ、喜んで。音也に迷惑を掛けられた話なら、本が一冊出来上がるくらいありますからね」
「俺もあるよ」
はい、と手を上げて音也が主張する。
「それは、一十木くんが一ノ瀬くんに迷惑を掛けられたという話?」
記者が意外そうに、訊いた。
「こんなこと言ってるけど、トキヤがすっごい優しいっていう話」
音也が嬉しそうにそんなことを言うので、トキヤは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながらどうにかそれを堪え、飲み下した。
「この間も、俺が砂糖をいっぱい使うからって、シュガーポットを買ってくれたんだよ。赤くて綺麗なガラスで出来た、こんな形の…」



「…あまり皆の前で、ああいった話はしないように」
音也のカフェオレボウルに温めたミルクを注ぐ。横に並んでシンクの棚からクッキーを取り出していた音也が、ひとつを摘んで口に放り入れながら「なんで」と訊いてきた。
「なんででも、です」
トキヤは言って、カフェオレボウルの中へ今度はコーヒーを注いだ。ふわふわとミルクが踊って、柔らかな色に変わっていく。
 自分のカップにもコーヒーを注ぐと、音也のカフェオレボウルと一緒にトレーに乗せ、ローテーブルに運んだ。トキヤの後を、音也がクッキーの乗った皿とシュガーポットを持って追いかけてくる。
 トキヤは自分のカップを持ってソファに座り、足を組んだ。音也はラグの上に胡坐をかいて座ると、シュガーポットの蓋を開けた。
 シュガーポットはトキヤが長崎で見つけたアンティークで、紫がかった紅色のガラスで出来ている。香水瓶のような丸みをおびた形が美しく、思わず購入してしまった。トキヤがこれを持って帰った夜、音也は光の当たる場所へこのシュガーポットを置いて長い間眺めていた。
 トキヤは次の日、琥珀のような色をした粗目のコーヒー砂糖を買ってきて瓶を満たした。音也はそれを見つけると、また長い間眺めていた。
 こんな色の砂糖、初めて見たよ。すごい綺麗だね、トキヤ。
 そう言って嬉しそうに笑った顔が子供のようだった。
 音也がシュガーポットにスプーンを入れ、粗目砂糖を掬い上げる。ザラザラと音を立て零れ落ちる砂糖。思わず「床に零さないように」とトキヤが注意すると、音也はカフェオレボウルをシュガーポットに近付けて砂糖を入れ、スプーンで掻き混ぜた。
「俺ね、トキヤがこれを買ってきてくれた時、すっごい嬉しかったんだ。だってこんなに綺麗なもの、初めて見たよ」
シュガーポットに蓋をしながら、音也が言う。
「大袈裟ですね」
呆れて言えば、「大袈裟じゃないよ」と言い返された。
「だから、誰かに自慢したかったんだ。…嫌だった?」
両手で抱えたカフェオレボウルに口付けた音也が、上目遣いにトキヤを見て訊いてくる。
 取材中、トキヤがその話について、あまり乗り気でなかったことに気付いてはいたのだろう。
 シュガーポットの話を、音也は嬉しそうに話していた。録音されていたので、その全てではないにしろ、記事になるだろう。
 いくら仲が良いと言っても、普通はこんな、女性にするような贈り物を男友達には贈らない。それを恋人からの贈り物のように嬉しそうに話す男も。
 自分は音也よりこの世界に長くいる分、下らない憶測をされるのは慣れているが、そこに音也を巻き込みたくは無かった。音也はきっと、それが根も葉もない、語る価値も無い陰口であっても傷付くだろう。
 音也が思うよりずっと、この世界は悪意に満ちている。足を引っ張りあい、誰かを蹴落とし上に上がる隙を狙っている人間などたくさんいるのだ。
 そのうちに、音也もそれを知るようになるだろう。けれど今はまだ…。
「…あなたが喜んでいるのは分かりましたが、二人だけが知っていれば良いことを、そう簡単に他の誰かに話されるのは、私は嫌ですね」
トキヤは溜息を吐いて、そう告げた。
「そう、だよね。ごめん」
音也は反省した声で謝ると、カフェオレボウルをテーブルに置いて、ソファに膝で乗り上げてきてトキヤの肩に抱きついた。
 仕方なく、自分もコーヒーカップをテーブルに戻し、トキヤは音也の背を支えた。ちらりと見た音也の、耳朶と首筋が赤く染まっている。音也が顔を見せないのは、きっと顔も赤く染まっているからだろう。
「…何を照れてるんですか、全く」
「だって」
音也が笑い声を立てる。肩を掴んで引き剥がせば、音也はやはり顔を赤く染めて、笑っていた。
「だってさ、なんかそれって俺がトキヤの特別みたいに聞こえる」
笑いながらそんなことを言うので、呆れた。
 出会った時からずっと、音也は自分にとって特別な存在だった。
「何を、今更」
トキヤは小さな声で呟き、それを聞き逃して不思議そうな顔をした音也の背を抱き寄せてキスをした。
「好きですよ」
滅多に告げない恋の言葉を囁けば、音也が目を細めて笑った。
「俺も。トキヤが大好き」

(20121128)
作品名:シュガーポット 作家名:aocrot