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甘口のカレー

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音也はとにかく寝起きが悪い。休みの日などはいつまででも寝ているし、大きな物音を立てても起きてこない。夏などはまだ良いが、寒い冬の朝は特にひどい。起こしても布団の中でねばって出てこようとしないし、出てきても暖房の前に突っ立ってぼんやりしている。
 その日の朝もそんな様子だったので、仕方なくトキヤは二人分の朝食を作りダイニングテーブルに運んだ。
「音也」
テレビを見ている後ろ姿に声を掛け呼び寄せると、肩に掛けていたブランケットを引き摺りながら近寄ってくる。トキヤは呆れて、音也からブランケットを取り上げ椅子に促した。
 音也は膝を抱えた体育座りのような格好で椅子に座り、トキヤがブランケットを畳んでソファに置いてくるのをじっと待っていたが、トキヤが向かいの椅子に座ると急に「あっ」と大きな声を出した。
「俺、すごいことに気付いちゃった」
そう言うや否や、音也は椅子を飛び降りて自分の机に走っていくと、卓上カレンダーを持って戻ってきた。雑然と書き込みのされたそのカレンダーをトキヤに向けて見せ、音也が得意気に笑った。
「今日、俺の日」
「…は?」
意味が分からずぽつりと問い返せば、音也はなんで分からないのかと言いたげに唇を尖らせる。
「だから、1月8日じゃん。0108で音也の日」
説明され、やっと意味を理解する。
 何を言い出すのかと思えば…。
 呆れたトキヤを他所に、音也は「うわ、なんか嬉しい」と上機嫌に言った。
 挙句、
「ねぇねぇ、今日は俺の日だから夕飯カレーにしてよ」
などと言い出したので、トキヤは溜息を吐いて顔の前に突き出されていたカレンダーを音也の方へ押し戻した。
「何がすごいんですか。下らないことを言っていないで、さっさと朝食を食べなさい」
「ちぇっ…トキヤのケチ」
小さく呟かれた文句に、ちらりと音也を睨む。音也はさっと視線を逸らし、知らんふりをしてカレンダーを机に戻しに行った。
 寝癖で方々に跳ねた音也の髪を見つめ、トキヤは溜息を吐くと入れたてのコーヒーをそっと口に含んだ。


その日は珍しく、校舎で音也の姿を見かけなかった。放課後に一度メールが入り、翔と買い物に行くので帰りが遅くなりそうだと言う。食事はどうするのかと返信を入れると、すぐに『食べるよ』とメールが戻ってきた。トキヤは溜息を吐いて、もう一度返信画面を開いた。
『翔と食べるのですか?戻ってから食べるのですか?』
音也が目の前にいれば端的な返信に対して嫌味のひとつでも言ってやりたいくらいだと思いながら、そう打って送信する。すぐに携帯が震え、メールの着信を教える。
『トキヤが作ってくれるならなるべく早めに帰るけど』
語尾にきらめく音符の絵文字。甘えた文面にトキヤは仕方なく笑った。
『良いですが、カレーは作りませんよ』
返信を送って、トキヤは携帯電話を鞄に仕舞った。
 真っ直ぐに寮へ戻ろうと思っていたが、方向を変え、少し歩いた先にあるスーパーへ向かう。
 野菜売り場でレタスとトマト、ニンジンにジャガイモ、玉ねぎをカゴに入れる。脂身の多い豚バラ肉を手に取って、トキヤは小さく息を吐いた。 
 どうも、よくない。
 甘やかしてるという自覚はあるのだ。音也もそれを分かっていて、我侭を言うことがある。
 それでも…。
 溜息混じりに豚肉をカゴに入れ、調味料の売り場へ向かう。
 それでも、他の相手に対しては案外聞き分けの良い音也が、ああして我侭を言って甘え寄りかかってくるのが自分だけだと思えばいじらしくて愛しいとさえ感じる。
 それは時々、鬱陶しくもあるけれど。
 甘口のカレールーを手に取って、トキヤはまた溜息を吐いた。
 買い物を済ませ、寮に戻る。
 荷物を片付けて着替えてから携帯電話をチェックしたが、音也からのメールは入っていなかった。
「さて…」
ニンジンとジャガイモを転がしたシンクに向かい息を吐いて、シャツの袖を捲る。
 こうして、音也の我侭を聞いてカレーを作ってやるのは何回目になるだろう?
「…全く、仕方ないですね」
誰にとも無く呟いて、トキヤは笑った。


夜七時、丁度カレーが出来上がった頃に音也が帰ってきた。
「ただいまー」
必要以上に大きな声を出してバタバタと部屋に入ってくる足音。それは洗面所へ向かったと思うと、あっという間に出てきてキッチンに走りこんできた。
 トキヤがカレーを作っているのは匂いで分かっただろう。トキヤの背中に張り付くようにして鍋を覗き込み、笑う。音也の息が首筋にかかり、トキヤは「なんですか、鬱陶しい」と顔を逸らした。
「やっぱ、カレー作ってくれたんじゃん」
音也は得意気に言って、トキヤの肩におぶさるように腕を回してくる。
「ええ、あなたが煩いので仕方なく作ったんです」
分かりきったような顔をされるとどうも面白くなくて、そう言い返したトキヤに、音也がおかしそうに声を立て笑った。
「分かってる。でもさ、すっごい嬉しいんだ」
ぎゅうと抱きつかれて、息が詰まりそうになる。
「大好きだよ、トキヤ」
「ああ、こら、危ないでしょう」
音也の手を掴んで外させ振り向くと、笑った形の唇が近寄ってきた。トキヤが溜息を吐いて腰を抱き寄せると、音也は目を閉じ顔を傾げた。
「全く…仕方ないですね、あなたは…」
トキヤは音也と鼻先を一度擦り合わせて、それからゆっくりと唇を重ねた。

(20120108)
作品名:甘口のカレー 作家名:aocrot