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As long as I can dream

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「それでね、嶺ちゃんがさ」
どんぐり型の音也の目がきらきらと輝いている。
 楽しかったことや、嬉しかったことを話す時、音也の瞳はいつもきらきらと輝きを放っている。感情を隠したりはせず、心のままに笑う彼のその表情は、トキヤの好きなもののひとつでもある。
 けれど…。
 トキヤはちらりと腕時計を見た。
 音也がトキヤの部屋を訪ねてきてからもう一時間もずっと、同じ話題が続いている。かつて二人の指導員でもあった事務所の先輩、寿嶺二についての話題だ。
 数日前に行われたシャッフル企画のレコーディングで、音也は嶺二と一緒になっている。これは歌とドラマを融合させたテレビの企画で、所属事務所の意向でファンからの投票を募り組み合わせが決まった。
 元々、音也は嶺二に懐いている。まるで実の兄に接するように甘える様はテレビやラジオでも変わらず、また嶺二も音也を弟のように可愛がっている様子に、ファンの票が集まったのだろう。組み合わせが発表されると、音也はとにかく喜んだ。その日、音也からトキヤに送られてきたメールの半分以上に嶺二の名前が入っていたように思う。
 ちなみに、トキヤは那月との組み合わせになった。
「それでね、俺が新発売のぷりぷりプリンを食べてたら嶺ちゃんがね、」
子供のように早口に話しかけてくる音也の唇から、飽きずに転がり出てきた嶺二の名前に、トキヤは手元に開き読む素振りをしていた本をパタンと閉じた。
「それで、寿さんとのレコーディングはどうだったんですか?ちゃんと出来ましたか?」
急にトキヤが話しかけたので、音也は少し驚いたようだった。目を丸くして、「うん」と頷く。
「スタッフの方を困らせたりしませんでしたか?あなたたち二人が揃うといつも遊んだりふざけたり、とにかく大変でしたからね」
棘のある声が出たのは、音也から一時間も他の人間の名前を聞かされ続けたからだ。
 トキヤの言い方に、音也がムッとした顔をする。
「そんなことないよ。俺も嶺ちゃんも一生懸命やったもん。それに、やっぱ嶺ちゃんすごいから、一緒に歌ってて勉強になることも多かったし、嶺ちゃんに合わせて歌う内に自然に声も出るようになったし、それに、」
ムキになって言い募る音也を見ていると、心の中に小さな苛立ちが生まれていく。
 分かっている。これは嫉妬だ。音也が嶺二を褒めるのが気に食わないのだ。
 そのことを認めると、余計に苛々とした。
「もう結構です。寿さんの話は充分聞きました」
素っ気無く音也の声を遮り、再び本を開く。視界の端に、音也の手が空になったコーヒーカップをぐるりと回して弄んでいるのが見えた。音也はいじけたように黙っていたが、トキヤがそれを無視していると、やがて本の上に手の平を突き出してきた。
「…怒んないでよ」
「怒っていません」
音也の手をどかそうと掴んだが、音也も意地になって手を押し付けているので、指先の静かな争いになる。音也がもう片方の手でトキヤの手を掴んだ。温かな音也の手に、手をぎゅっと挟み込まれ、トキヤは仕方なく指の力を抜いた。
「折角久し振りに一緒にいるのに、トキヤと喧嘩したくないよ」
トキヤを見つめ、音也がぽつりと呟く。拗ねたようなその声に、トキヤは溜息を吐いた。
 彼らしい素直さで歩み寄ってきた音也に、自分の態度も少し大人げなかったとほんの少し反省する。
「別に、喧嘩などしていないでしょう」
「だってトキヤ、怒ってるじゃん」
「怒っていないと、さっき言いましたよ。それに久し振りと言っても、一昨日も仕事で一緒になったでしょう」
「そうじゃなくて」
ぷくりと頬を膨らませ吸い込んだ空気を、音也がふうっと吐き出す。
「トキヤの部屋来るの、久し振りだし。こうやって手握るのだって、すっげー久し振りだよ」
そう言って音也はテーブルに突っ伏し、ぺたりと頬を付けた。
「あなたには鍵を渡してあるでしょう。好きな時に来て構わないのですよ」
「トキヤがいない部屋にいても意味無いもん…。誰もいない部屋って嫌いだ。静かだし、つまんない」
小さな声でぼそぼそとそんなことを言うので、仕方なく音也の髪を撫でて宥める。
 一緒の部屋に暮らしていた頃から、音也は一人きりで部屋にいるのが嫌いだった。デビュー後、寮の部屋で一人暮らしをするようになっても、それだけは慣れないらしい。
 あの頃、二人の部屋で同じように音也に我侭を言われたことを思い出して、トキヤはふと笑った。
「…子供のようなことを言って、私を困らせないで下さい」
赤みがかった明るい色の髪を指先で絡め取るようにして、そっと引っ張る。音也が目を閉じた。
「本当はさ…怖かったんだ」
トキヤの手をぎゅっと握り締め、音也が呟く。
「昨日、那月と一緒だったんだ。那月、トキヤのことめちゃくちゃ褒めてた。トキヤがどれだけ歌が上手いか、どれだけ自分を助けてくれたか、どれだけかっこよかったか。トキヤも那月のこと、褒めたんでしょ?僕達両想いなんですって、すっごい喜んでた」
「それには少々、語弊がありますね」
「トキヤ、俺のことあんまり褒めてくれないくせに、那月のことは褒めたんだ」
音也が目を開け、上目遣いにトキヤを睨む。
「褒めて欲しかったんですか?」
訊けば、顔を上げて大きく頷く。期待に輝いた目に呆れて、音也の頬を軽く摘んだ。
「私が褒めなくても、あなたのことは寿さんが褒めてくれるでしょう」
少しだけ意地悪い気持ちになって、そう言ってやる。
「違うよ。嶺ちゃんに褒められるのはもちろん嬉しいけど、トキヤとは全然違う。トキヤは俺の特別だもん。トキヤは、俺より那月の方が特別になっちゃった?」
大きく首を振った音也が、トキヤの気持ちを窺ってくる。音也のその、切なげでどこか甘えたような声で紡がれた言葉に、嶺二に対して感じていた苛立ちが散り散りになって消えていく。
 顔を突き合わせてから一時間ずっと、嶺二との出来事を楽しげに話しながら、その実、那月に嫉妬して不安になっていたのかと思うと、不意に音也のことが愛しくて堪らなくなった。
「俺はまたトキヤと歌いたいよ」
泣き出しそうな声でそんなことを言うので、トキヤは腰を上げて身を屈め音也の額に唇を押し付けた。音也が首に齧り付くようにトキヤに抱きついてくる。二人の間にはテーブルがあったが、それほど大きくはないそれを回ってくるのももどかしいように、音也が椅子をステップにしてテーブルの上に乗り上げた。
 いつもならば叱るところだが、トキヤは溜息ひとつでそれを許すと、音也の背を抱き締めてキスをした。
「歌えますよ。私とあなたが歌い続ける限り、同じ夢を見続ける限り、何度だって。私にとっても、あなたが特別な存在であることに変わりはないのですから…」
キスの合間にそう囁いて、教えてやる。音也がそれを聴いて嬉しそうに笑った。
 きらきらと輝く瞳。トキヤの好きな色。大切で愛しい、存在。
「好きだよ、トキヤ。大好き」
誰よりもトキヤの胸を騒がす歌声を紡ぎ出す唇が、切なげに告げる。トキヤは微笑んで、誘われるようにして音也の唇に甘く、情熱的なキスをした。

(20130121)
作品名:As long as I can dream 作家名:aocrot