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何処から情報を仕入れているのか、リアルタイムとしか言い様の無いタイミングで着いたばかりの宿に掛かって来た電話。
　チェックインのサインをフロントで書いている時にすぐ横で鳴ったのだから驚きだ。
「エルリックさん…って貴方？」
　ぽかんとエドワードの書いている用紙に目を遣りつつ、若干声が震えている宿のおばちゃんに黙って頷けば差し出されたのはたった今耳に寄せていた受話器で。
「俺？どういう事？」
「兄さん、大佐じゃないの？」
　赤いコートを大きな鎧の指先でくいくいと引きながら弟が「あの人なら遣りかねない」というニュアンスを含ませつつ言った言葉にそうかも…だなんて納得してしまう程度には愛されている自信がある。
　言ってやった事は無いがエドワードだって負けないくらいロイを愛しく思っているのだが、素直になれる程大人でもないし、普通の恋人たちの様に頻繁に会う事ができない現実が益々口を硬くさせるのだという自覚もあって、表向きはうんざりしてますのポーズを崩せずにいる。
　弟のアルフォンスにはそんな事お見通しなのだろう、とっとと鍵を受け取って荷物を全部持ち階段を上り始めてしまったので、申し訳ないと思いつつも普段は髪で隠された小さな耳に受話器をあてた。
「もしもし…」
『やあ鋼の、久しぶりだね』
　案の定耳腔をくすぐったのは悔しい程大好きなテノールで、くすくすと笑いを含んだその声に回線の向こうには見えないのを良い事にこそりと表情を綻ばせる。
「アンタ…俺今チェックインしたところだったんだけど何なの？ストーカー？」
『愛の成せる業だろう』
「軍の情報網を個人的に使うなよな…」
　決して素直になれないエドワードを知ってか知らずか、辛辣な言葉も笑って受け流し、寂しいだの早く逢いたいだの愛してるだの一方通行の様なロイの言葉が積み重なる度に頬の赤さは増してゆくのだから、全部エドワードの心に届いているのだろう。
　始めは本当にストーカーなのではとやたら見目の良い少年に心配気に視線を寄越していた宿のおばちゃんもすっかり自分の仕事に戻ってしまい姿を消してしまっていた。
「で、何の用だよ…」
『鋼の…』
　いい加減耳が甘過ぎるロイの声に悲鳴をあげ始め、本題に移ろうと口を挟めば物足りないと言わんばかりに拗ねた声で名前を呼ばれ、胸がきゅうと痛んだが、いかんせん明日には蔵書を見せて貰うアポイントもあり今すぐ会いに行く訳にもいかない。
　エドワードこそが実は拗ねてしまいたいような心境なのだが、大人の癖にやけに恋人にだけは素直に感情を表す男を甘やかすのも密かに好きだったりするので、この街の用事が終わったらひとまずイーストシティに戻ろうと胸の内で考えた。
『明日なんだがね、午前中は宿にいられるかい？』
「宿に？明日の用事は午後からだから午前中は図書館でも行こうと思ってたけど…別に構わないぜ？」
『そうか…良かった』
「なんかあるのか？」
　一瞬本人がエドワードに会いにでも来るのかとおも思ったが、おいそれ軍部を離れられない忙しい立場であるのを知っているだけに即座にそんな甘い考えは打ち消した。
『贈り物が届くんだよ』
「おくりもの？何の？何で？書類？文献？」
『君…明日は何の日だい？』
　若干呆れを混ぜた声で問われるが思い当たる事が何も無く、必死で脳内の記念日やら祝日やらを検索し始めるが何も出てこなくて慌ててしまう。
「え、いやあの…ごめんわかんね…」
『はがねの！？本当に明日が何の日か解らないのかね？！』
「…えっと…」
『鋼の…明日はバレンタインデーだ…』
「あ…」
　そういえばやけに表通りがピンク色の装飾をされて賑わっていた様な気がする。
　そんな恋人達の一大イベントに気付く事さえできなかったのだから勿論ロイへのプレゼントなど用意してもおらず、一気に背中に冷や汗が伝った。
　こういう細々した事が大好きなのだ、ロイ・マスタングという男は。
　それがエドワードに対してだけの限定の感情だと解っているからこそ尚更申し訳ない気持ちになって途方に暮れる。
「ごめん俺…」
『君、今申し訳ないとか思ってるんじゃないかね？』
「だって…」
『正直これだけ賑わっているのにバレンタインに気付いていなかったのには驚いたけどね…』
「あう…」
　段々と萎んでゆくエドワードの声に、少しどころかかなり想われているのだと再確認できたらしいロイの声は逆にほんのり嬉しそうで、そっと胸を撫で下ろす。
『兎に角、明日の午前中に届く様に手配したからちゃんと受け取ってくれたまえよ』
「うん、わかった…」

　最後まで甘い言葉を吐き出し続けた受話器を置き、フロントの奥にいるであろうおばちゃんに礼を言うと、火照る頬を機械鎧の右手で冷やしながらアルフォンスの待つ部屋に上がった。
　明らかにニヤニヤ笑っている(表情は変わらないが)弟に照れ隠しで蹴りを入れつつ、この行程が終わったらイーストシティに一旦戻る旨を告げると、
「そうだね！それがいいよ！大佐も喜ぶし！！」
なんて誂ってくるものだから、思わず威勢良く思ってもいない事を叫んでしまう。それさえも良く出来たアルフォンスには全て見透かされていて、その日一日延々赤面させられ続けたりするのだが。
　翌日きっちり午前中に届いた贈り物の中にエドワードに向けた甘い甘いチョコレートと一緒にアルフォンスの好みそうな恋愛小説も入っていた(マメさ故に家族への配慮も怠らない)ものだから、喜んだアルフォンスによって午後の約束を終え次第イーストシティ行きの列車に飛び乗る事になったのだった。

　全てロイの思惑通りに。


おわり