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露骨に感傷を扇情する下品なタンゴを弾いてくれ

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露骨に感傷を扇情する下品なタンゴを弾いてくれ 


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 ありったけの尊敬と信頼、感謝をこめて俺が『親父』と呼ぶフリッツ、彼に拾われなかったら、俺の人生はどうなっていただろう。路上で鼠の餌かブタ箱で変態の慰み物か、案外裏社会で上手いこと食っていたかもしれないが、なんにせよ考えたくもない。
 フリッツによってあの薄汚い売春窟から連れ出された俺は、彼にふさわしい息子になるべく死に物狂いで大学へ行き、難関と呼ばれる試験をパスした。札付きの浮浪児が今では金ぴかキャリア組の警察官。まるでなにかの冗談みたいな環境の変化に、時折、あの頃の方が夢だったのかもしれないとすら思う。
 けして暇ではない職務の合間をぬって足繁くここに通ってしまうのは、それを確かめる為でもあるのかもしれない。「それでね、その時ローデリヒさんは」
 うららかな午後、光さす緑のテラスで美しい音楽教師は歌うように笑う。
 ウエストを絞った黒のロングスカート。真っ白なリボンつきのブラウス。清楚さを強調する教師の服装は、童顔の彼女を無理に大人っぽく背伸びさせているようで逆にいかがわしい。わかってこれを着せているんだとしたら、ローデリヒは相当マニアックな変態だ。
 テーブルをはさんだ彼女の向かい、俺は行儀の良い犬のようにお座りして涎をたらしている。
 この女に再会して、俺は、今まで俺が重ねた涙ぐましい努力が、所詮は糞の上に金メッキを塗りたくっただけの行為と知った。
「聞いてる?ギル」
「聞いてるよ」
 エリザベータ。 語る内容はさて置いてお前のさえずりは心地よい。
 仕立ての良いスーツを着て紅茶を啜る目の前の男が、どんなことを考えているか教えてやりたいな。
 頭の中ではお前の手首に手錠をかけて自由を奪い、今まさにあのピアノの上に押し付けて、後ろから犯している真っ最中なんだ。清潔な白いブラウスを引き裂いて肌を舐め回し、品の良い黒のスカートをたくしあげ脚を抱えた下品なスタイルで散々に泣かせたいと、そんなことばかり考えている。
 もうすぐ警視に昇進を控えた若きエリート幹部候補生の腹の内は、野良犬よりゲスな欲望でいっぱい。どうしようもない生まれの悪さは、そうそう簡単に拭いきれるもんじゃない。

 そうだろう?エリザベータ。親愛なる俺の相棒よ。 ティータイムの終わりに俺はいつものように彼女にねだる。
「一曲。なにか弾いてくれよ、センセイ」
「仕方ないわね」
 高価いわよ、気軽に冗談を叩きながらエリザベータが立ち上がる。
 モノトーンの洗練されたフォルムのピアノ。鍵盤を撫でるエリザベータの手は、獲物の急所を探って遊ぶネコ科の猛獣のようにエロティック。椅子に腰かけ息を吸い、かすかに唇を舐める仕草がたまらない。ほら、やっぱりお前は全くローデリヒとは人間の種類が違う。
 あの男を思って鍵盤に情念を叩きつける、野蛮なピアニスト。もの欲しげな雌狼め。だから俺はお前を抱きたくて仕様がないんだ。


 今、優しくペダルを踏みつけるその脚は、かつてあのゴミ溜めを誰よりも早く駆け抜けた脚だ。金持ちの財布をかっぱらい間抜けな大人たちの手を掻い潜って裏路地を風のように。 ピアノソナタはお前には似合わない。ああ。そうだ、できればタンゴがいいな。
 酔っ払いと売春婦がたむろするあの場末の酒場でかつて片足のピアノ弾きが弾いた安っぽい下品なタンゴ。覚えているだろう?


 あの店にいた男達なんてどいつもこいつも録でもない悪党揃いで、それでもあの夜は店中が水をうったようにしんとした。酔っ払いどもは黙りこくり、わけもよくわからないまま泣いている娼婦もいた。
 テーブルの下に並んで隠れて落ちた小銭をかき集めていた俺たちも、手を止めてただその曲に聞き惚れていた。隣で興奮に頬を染め目をキラキラ輝かせていたお前の横顔が忘れられない。
 あのピアノ弾きも数年後、確か下水溝にうつ伏せで浮かんでいたんだった。俺たちはあの頃に比べて少しはマシな歌を歌えるようになったのだろうか。 エリザベータ。
 俺は、お前のその澄ました横顔をこの手のひらで穢したい。もう一度引きずり落として、泥の中で抱き合いたい。

 俺たちを虐げ、育てあげたあのぬるい暗がりの底で。




 午後3時。
 花の咲き乱れる暖かなテラスで、赤い目の銀狼は人知れず牙を研いでいる。





【了】