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罰ゲームと恋人

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「よーし、引くぞ」
罰ゲームと書かれた箱に音也が手を突っ込んだ。
 対戦ゲームの敗者に罰を設けようと言ったのはレンで、音也と翔はそれに乗って、それぞれに罰ゲームの内容を書いた紙を三枚ずつ、レンが簡易的に作った箱に入れた。
 一度目は翔が負けた。音也の字で書かれた内容の通り、二人の前で躍りながら歌を歌った。
 二度目はレンが負けた。翔が書いた罰ゲームを引き当てたが、これは那月が作ったクッキーを食べるというものだったので、レンにとっては罰に値しなかった。
 三度目に、音也が負けた。
 音也は期待に満ちた表情で箱の中から取り上げた紙を広げ、え、と短く呟いた。笑みが一瞬にして凍りつく。
「なんて書いてあったんだよ。見せろ」
翔は音也の手から紙を奪って、自分とレンの方へ引っくり返した。
「えーと…恋人に今までのことは全て遊びだったと嘘を吐くこと。恋人がいない場合はもう一度引くこと…?」
レンの字だった。レンを振り向けば、気障ったらしく髪をかきあげにやにやと笑っている。
「もっと笑えること書けよ」
「オチビちゃんだって結構な内容だったろ。シノミーと味覚の合う俺だったから良かったものの」
「それは…そうだけど」
もごもごと言い返して、翔は手の中の紙をもう一度見た。
 音也には恋人がいる。トキヤだ。もちろん、レンもそれを知っている。
 冗談にしては、随分意地が悪い。
 音也は困ったような表情で突っ立っている。
 当たり前だろう。誰だって、好きな相手にそんな嘘は吐きたくないはずだ。
「これは無効!他の引け、音也」
そう言って翔が紙を破り捨てようとした瞬間、レンが上からひょいとそれを取り上げた。
「ルールはルールだよ。イッキは恋人がいるんだから」
「レン、お前なぁ!」
「わかった」
声を荒げた翔の腕を、音也が掴む。
「その代わり、すぐに嘘だってばらしても良いよね?」
音也は固い表情のまま二人に確認すると、携帯を取り出して電話をかけ始めた。
 緊張しているのだろう。携帯を握るその強張った仕草に、翔も緊張してくる。レンだけが冷静だった。
 音也の携帯から漏れ聞こえてくる呼び出し音。四回ほどの素っ気ないコールの後、『はい』とトキヤの声が聞こえた。
「あっ、トキヤ、俺」
緊張のあまり引っくり返った、無駄に大きな声で言ってから、音也はケホッと咳をした。
『…一体、どうしたんですか』
トキヤの声は少し呆れているようだ。
「あの、俺…俺ね、トキヤに言いたいことがあって、電話したんだけど…」
音也がちらり、と翔とレンを見た。ごくりと唾を飲んだ翔の横で、レンが頷く。
『何ですか?こちらは忙しいのですから、手短にお願いします』
「う、うん、ごめん」
『音也?あなた、』
訝しげにトキヤが何かを問いかけてくる声。それを遮って、音也はぎゅっと目を瞑ると、
「俺、お前とのこと全部遊びだったんだっ」
と言い切った。
 しん、とした沈黙が落ちる。
 トキヤが何も言い出さないことに慌てたように目を開いた音也が、携帯を持つ手を変えた。右手をシャツで拭いながらまた、ちら、と翔とレンを見てくる。
 今度は翔がすごい勢いで頷いてやった。
「あ、あのね、トキヤ!」
『…分かりました。では別れましょう。私はあなたと違って、誰かと遊びで付き合えるほど、暇ではありませんので』
トキヤの淡々とした声がそう告げた直後、通話は一方的に切られたらしい。ツーツーという無機質な音が聞こえてきた。
 音也が慌てて携帯を耳から離し、リダイヤルする。だが電話が繋がることが無かった。
「…どうしよう…」
泣き出しそうに顔を歪めて、音也が呟く。
「だ、大丈夫だって!ちゃんと話せば分かってくれるだろ!」
レンの脇に肘を叩きつけながら、翔は音也を励ました。
「どうかな。イッチーは結構頑固だからね」
「元はといえばお前が悪いんだろうがっ」
苛立つほどに整ったレンの顔を睨み付け怒鳴る。その間にも音也はトキヤに電話をかけ続けていた。
 自分からもトキヤに連絡をした方が良いだろうかと翔が携帯を取り出した時、玄関と部屋とを隔てている扉が急に開き、トキヤが入ってきた。
 そこは音也の部屋なのにも関わらず、さも当然のような顔をして、ツカツカと三人の前まで来ると、トキヤはちらりとレンを見た。目ざとく見つけた、レンの手にあった罰ゲームの紙を取って、無言で目を走らせる。読み終わったトキヤが深く長い溜息を吐くまでの間、誰も何も言わなかった。
「……どうせ、こんなことだろうと思いました。あなたは今日、翔とゲームをして遊ぶと言っていましたからね。まさかレンもいるとは思いませんでしたが」
「分かってたんなら何でさっき、別れるなんてっ…」
怒ったように言い寄った音也の声はもう、泣き声だった。
「あなたが私に嘘を吐いたからです。…これだけ長い間一緒にいて、あなたの言葉が本当か、そうではないか、分からないとでも思ったんですか?」
呆れて言ったトキヤに、音也が抱き付いていく。その勢いにトキヤは少し足を踏ん張るようにして留まり、音也を腕の中に抱いた。
「まぁ、今回はあなただけが悪いわけではなさそうですからね。…そうですね、二人とも?」
トキヤの冷たい視線と声が、翔とレンの間を行き来する。レンが顔を反らし「はいはい」と返事をした。
「おっ俺はやめようって言ったんだぜ!……いや、はい……」
翔の最後の悪あがきは、トキヤの微笑みの前に沈黙する。
 トキヤは音也の体を離すと、あの、罰ゲームの箱を持ち上げた。
「どうぞ」
にこりと笑われ、仕方なく翔が紙を引く。
「トイレ掃除ですね。とても古典的で良い罰です。聖川さんや四ノ宮さん、愛島さん…ああ、そうですね。先輩方の部屋もお願いします。私から皆さんに知らせておきますので。全てを終えたら最後にこの部屋のトイレをお願いします」
トキヤは言いながら「皆さん」にメールを送信し、翔とレンを部屋から追い出した。
「…音也の字だったな、トイレ掃除」
バタンと閉まったドアに肩を竦め、翔は言った。
「イッキらしいね。誰も不幸にならないし、感謝される」
「そうかぁ?」
他人の部屋のトイレ掃除なんか冗談じゃない、と翔は思う。だが、レンはもうそれを問題視していないようだった。
「イッチーがイッキの性格を把握してるように、イッキもイッチーの性格を良く分かってる。いや、イッキのあれは無意識にやってるんだろうな」
「何のことだよ」
「どんな声を出して、どんな仕草をすればイッチーに許してもらえるか、本能的に分かってるんだろう」
「あ、音也のやつだけ罰ゲーム無しじゃん!」
はっと気付いてレンの顔を指差す。レンは翔の指を握って下ろさせると、ちらりと、音也の部屋を振り向いた。
「……まぁ、今頃他の罰を受けているかも知れないけどね」
レンが微笑んで言った言葉の意味が分からず、ちっと舌打ちをすると、頭をぽんと叩かれる。
「叩くな。背が縮んだらどうする!」
「せいぜい時間をかけて、ゆっくりトイレ掃除をしてやろうぜ。本当は傷ついたかもしれないイッチーのためにね」
レンが楽しそうに言って、笑った。
作品名:罰ゲームと恋人 作家名:aocrot